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「ゼレンスキー大統領の感動的な議会演説」報道がいささかスッキリしない理由

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ゼンレンスキー大統領がアメリカ合衆国を電撃訪問し米国議会で感動的な演説を行った。このニュースはワイドショーで大きく「胸を打つスピーチ」として取り上げられていた。だがこれを見て「なんだかスッキリしないな」と感じた人もいたのではないだろうか。BBCとロイターがその背景を書いている。主権国家とは何か戦争とは何かということを考える上ではかなり興味深い洞察が得られる。

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まず最初に立場を明確にしておこう。今回の問題はロシアの一方的な宣戦布告なき主権国家への攻撃から始まっておりロシアの立場は決して正当化されることはない。ウクライナは主権国家の権利としての防衛を行なっておりNATOはそれを支援している。

問題はこの先である。経緯はどうであれアメリカ合衆国が戦後繰り返してきた「宣戦布告なき戦争への参加」という問題をまた抱えることになってしまった。主権国家であるはずのウクライナも主権国家格を維持するためにはアメリカの支援を頼らざるを得ない。

アメリカ合衆国大統領が「宣戦布告なく」参戦した戦争は二つあるとされている。一つは朝鮮戦争だ。記事によって「宣戦布告なく」と書いているものと「戦争参加の意思を示した」と書いているものがあり評価が分かれている。もう一つがベトナム戦争である。

この二つの宣戦布告なき戦争の結果アメリカ議会は「宣戦布告ができるのは議会だけ」と決議した。つまり大統領権限を議会で縛っている。予算の裏打ちがないと戦争の継続はできないので実効性がある取り決めだ。

この規定は現在も生きている。アメリカ大統領は対イラク戦争を行う権限を持っていたがバイデン政権下では「もう必要がなくなった」として廃止されることになった。つまり権限を議会に戻したのだ。

ではなぜ今回アメリカがこの戦争に「参加」できたのか。第一に一方的なロシアが始めた紛争だった。支援国のウクライナは防衛をしているだけである。第二にアメリカは後方支援をしているだけであって実際に兵士を派遣しているわけではない。つまり、形式的にはアメリカは戦争に参加していないしこれは防衛であって戦争ではない。だが、結果的にアメリカ議会はウクライナ支援のための支出を行わなければならない。

ロイターの「ゼレンスキー氏、米共和党の支援消極派に協力訴え 新議会控え」はこの辺りを冷静に書いている。共和党には強硬な一派がありウクライナへの継続的な支出に反対している。ロイターは下院の保守強硬派「フリーダム・コーカス(自由議連)」の議員の発言を紹介している。

またBBCの「【解説】 ゼレンスキー大統領の訪米、ウクライナ支援懐疑派はどう受け止めるのか」も発言内容を分析している。共和党の一部やトランプ氏が「ウクライナへの支出は施しである」と批判していることに反論するために作られた演説なのだろうと言っている。予算への支持を集めるためにアメリカ国民にアピールする必要があった。だからアメリカ人が感動するようなスピーチになっているのは当然のことなのだ。

これらの状況を踏まえて「ゼレンスキー氏とウクライナを応援しよう」という感想を持つ分には構わない。だが、単に情緒的な理由でゼレンスキー氏に感動しても継続的な支援は難しいだろう。感動は長くは続かないからだ。

ロシアの一方的な攻撃という最初の事情があり、BBCの記事だけを読むと「慈善活動」という決めつけは一方的なものであるように思われる。

だが例えば米墨国境ではタイトル42の執行停止を期待してベネズエラから多くの移民が押し寄せている。これをかろうじて押しとどめているのは議会でもバイデン政権でもない。裁判所の執行停止一時差し止め判断だ。おそらくこのほかにも「もっと先にやることがあるだろう」と苛立っているアメリカ人も大勢いるものと思われる。

朝鮮戦争やベトナム戦争では多くのアメリカ人の犠牲者が出た。これが戦争を終わらせるための原動力になっていた。ところがウクライナ人の犠牲はアメリカ人にとってはやはり他人事なのである。このため、戦争を終わらせる動機がない。対するロシアの側は「国民の命より政権維持の方が大切」という状態だ。国外の多くの国民が逃亡してもお構いなしにウクライナへの容赦ない攻撃が続いている。これが朝鮮戦争との大きな違いだ。

ベトナム戦争ではアメリカが支援する陣営は国民からの支持が得られなかった。ゼレンスキー大統領は国民との間に一体感を保っている。ウクライナにとってはいいことなのだろうが結果的には紛争は長引くことになるだろう。

「宣戦布告なき戦争」はこうして落とし所のないままで今も続いている。主権国家であるゼレンスキー大統領は自国を守るためにアメリカの予算対策に駆り出された。厳密に言えばこれはアメリカ合衆国の国内事情に過ぎない。紛争が長引けばゼレンスキー大統領は同じようなことを毎年繰り返さなければならなくなる。

ゼレンスキー大統領は「これは投資である」とアメリカ国民に約束をした。投資にはリターンがなければならない。ウクライナが何を提供するのかについて詳しい言及はなかった。

戦争を続けるのは難しい。予算的裏打ちがないと軍事・防衛行動は維持できない。だがそれよりも終わらせることはもっと難しい。つぎ込んだ費用の分だけ人々は見返りを求めるからだ。

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