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サル痘の感染者が「ほぼ男性ばかり」のわけ

WHOがサル痘で緊急事態宣言を出した。新型コロナウイルスに次ぐ緊急事態宣言だということで話題になっている。だがテレビではあまり触れていない点がある。それが「感染者がほぼ男性ばかり」の理由だ。

なおサル痘に関しては感染症医師の忽那さんが詳しい文章を書いている。少し古い記事だができるだけ正確な情報が知りたい人は合わせて読んでおくといいかもしれない。

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このニュースはまず海外メディアの報道を見て知った。BBCは次のように書いている。

保健当局はすでに、サル痘ウイルスにさらされるリスクが最も高い人々に、ワクチン接種を勧めている。一部の同性愛やバイセクシュアルの男性、医療従事者などが含まれる。

WHO、サル痘で「緊急事態」を宣言 欧州などで感染拡大

さらに家庭内感染がニューヨークで報告されたというニュースもある。

CDCの担当者は電話会見で、サル痘の小児例は驚くことではないと説明。ゲイやバイセクシャルなど、男性と性交渉を持つ男性のコミュニティー以外で「このウイルスが広がっているという証拠は今のところない」と述べた。

米で初のサル痘小児例、家庭内感染か

感染力が低いウイルスがこうした広がり方をするのは珍しいことではない。ウイルスの特性なのだから事実だけを理解すれば良いと思っていた。

だが「そうでないのだな」と日本の報道を見て思い知らされることになった。地上波を見る限り日本のマスコミはどこで流行しているのかについてはほとんど触れていないのである。ややこしい問題には自分から立ち入りたくないという最近よく見られるようになったあの姿勢がここでも見られるのだなと感じた。

情報の地下化が危険だということはAIDS(後天性免疫不全症候群)の例を見ても明らかだ。AIDSの時は人に伝えにくい環境だった時に特定のコミュニティで病気が蔓延した。情報が早く広がっていれば救えている命があったのかもしれない。

こうなると保健当局は難しい選択を迫られる。

  • 差別を防ぎつつ
  • 必要なところに必要な被害拡大防止の情報を伝える

この二つを両立させなければならないからである。

AIDSも最初は「同性愛者の病気である」とみなされていた。のちにアフリカで爆発的な感染があり「実はそれは単なる偏見だった」ということがわかるまでこの偏見は様々な悲劇を引き起こすことになる。

この悲劇を映画にしたのが1993年のトム・ハンクス主演の「フィラデルフィア」である。同性愛者の弁護士がAIDSに感染していたことを理由に解雇されたことを「不当だ」と訴えるという内容だ。当時、AIDSは同性愛者の病気だとみなされており「異常なものである」という偏見があった。1980年代の複数の実話が元になっているそうだ。

対処法がよくわかっていなかったAIDSと比べるとサル痘の対応策はよくわかっている。すでに天然痘のワクチンが利用できるようだ。同性愛の認知も進んだが、それでも差別や偏見は残っている。

これらのことがわかっているため、テドロス・アダノム・ゲブレイェスス事務局長は「男性同士で性交渉をする人、特に複数の性的関係を持つ人の間に集中している」ため「適切な集団に適切な対策を講じれば感染拡大を阻止することは可能だ」と冷静な対応を呼びかけた。つまりマスコミはこれをセットで伝えるべきだった。

もちろん、今回のテドロス・アダノム・ゲブレイェスス事務局長の発表は一定の効果をあげている。例えばTBSの報道を見ると「偏見を持たないように釘を刺した」と断っているものもある。

この変化が最もよくわかるのがNHKの対応の変化だ。緊急事態宣言が出る前のNHKの情報にはよく読むと「これまでの調査で確認された患者の多くは男性どうしでの性的な接触があった」と書かれている。これは読み飛ばされる可能性があるだろうがNHKとしては同性愛者差別を助長していると思われたくなかったのだろう。

だが、テドロス・アダノム・ゲブレイェスス事務局長がはっきりと「今回の感染拡大は、男性と性的関係がある男性、特に、複数のパートナーと性的関係を持つ男性の間で集中的に感染者が発生している。」と表明したためNHKはその線で報道するようになった。記事によると事務局長は「感染の広がりがそれほど広範囲でないため緊急事態宣言を出すかどうかは迷った」そうだが地下化するよりも実態解明の方が重要だとして強い注意喚起に踏み切ったようだ。記事では「まだわからないことが多いので」と表現されている。

現在生きている緊急事態宣言は新型コロナウイルス。ポリオについで3つ目である。日本政府は「コロナと同等だと国民が騒ぎ出すのではないか」ということを懸念したようだ。山際大臣はしきりに「整理する必要がある」と強調していた。実際に使われた表現は「ごっちゃにされると困る」ということだ。どうせ国民は正しく理解せずただごっちゃにして騒ぐだけであるという当局の認識が伝わる。だがその陰で「必要な人に情報を届けるにはどうしたらいいのか」ということは語られなかった。

そうこうしているうちに日本でも初の症例が発表された。NHKの報道によると東京都は「海外渡航歴がある」ことのみを伝えそれ以外の情報を明かしていない。プライバシーを保護し面倒な差別問題から距離を置きたいと考えているだろう。また情報を流しても日本人は理解しないだろうという不信感もあるのかもしれない。いずれにせよ、仮に市中感染がおきていた場合当事者が気が付いていない可能性がある。つまりWHOが懸念していた地下化はおそらく日本でもはじまっているのである。

夕方のニュースのレベルで同性愛の問題に触れているところはないため「なんだかよくわからない恐ろしい病気が発生したようだ」という認識しか持たなかった人も多いのではないかと思う。さらにネットでは無責任な情報が広まることになれば返って悪影響だけが大きくなりそうだ。

いずれにせよ、地上波では腫れ物扱いなので、今回の問題は当事者コミュニティが自分たちの仲間内で情報を集め予防策を広めるしかなさそうだ。特に懸念されるのは病名が人に知られた時の風評被害である。テドロス・アダノム・ゲブレイェスス事務局長はこの微妙な問題に配慮して適切な情報発信をして情報提供を求めたのだが、それが日本で理解されることはなかった。

予防策はあるのだが天然痘は消滅したものと考えられているためワクチンの供給量はそれほど多くない。ただしワクチン接種は1976年までは行われていたため40代以上の人は免疫がある可能性があるそうだ。腕に「丸い印」がついた人は天然痘のワクチン接種を受けている。少し古い記事だが感染症専門医の忽那賢志さんが書いた文章が見つかった。サル痘について知りたい人はこの文章を読んでみるといいと思う。

EUでは天然痘のワクチンを流用する許可が出たようだ。日本ではこれから検討が始まる。

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