チュニジアで憲法が改正され、カイス・サイード大統領が提案した「独裁化」が了承された。メディアは民主主義の後退に懸念を表明している。アラブの春の震源地だったチュニジアでで正式にアラブの春が終わった。サイード大統領は特に勝利宣言などは行わなかった。投票率が3割に満たなかったためなのだろう。
憲法改正提案の骨子は議会制民主主義の廃止である。民衆から直接選ばれた大統領だけに権限が与えられ議会の権限が大幅に縮小する。背景にあるのは議会に対する不信感だ。議会は既得権を奪われることを恐れ激しく抵抗していたが、大統領は4月に議会を解散し改憲プロセスを強行した。
西側の報道は独裁化について懸念を表明していた。だが、かといってチュニジアの民主主義のために先進国が何か協力したという足跡は見られない。
- チュニジア、独裁回帰の懸念 大統領権限強化へ国民投票(日経新聞)
- チュニジア、改憲の国民投票開始 独裁化懸念も、承認の公算(時事通信)
- チュニジア新憲法案、国民投票で承認へ 大統領権限拡大に懸念(ロイター)
チュニジアの議会は一院制で定員が217名だ。比例代表制のため少数政党が乱立しやすい。現在は世俗主義イスラム政党が第1党になっている。一方のカイス・サイード氏は法学者で専門は憲法なのだそうだ。つまり、チュニジア憲法の理想を追求した結果「議会は堕落している」と考えて自身の手で「理想的な憲法」を提案したことになる。民主主義・世俗主義の傾向が強いチュニジアで「民主主義を信頼できなかった」ということだ。
2010年、生活苦に耐えかねたチュニジア国民はある青年の焼身自殺をきっかけに民主化要求のデモを行った。これがアラブ圏に広がったのが「アラブの春」運動だった。チュニジアではジャスミン革命という美しい名前がつけられた。しかしながらこのアラブの春がチュニジア以外で身を結ぶことはなかった。そして、最後の砦であるはずのチュニジアさえ、自ら「民主主義は間違っていた」と総括し、権限を大統領に一任することにしたのだ。
この憲法改正については「投票が始まった」という報道はあったのだが後追いする報道がほとんどない。9割が賛成したが暫定投票率は27.5%だったそうだ。つまり大方の国民はこの憲法改正案を無視したのである。「国民に信任された」と宣伝できないのは当たり前である。とはいえ規定に基づいて行われているためこのままこの憲法改正は合法的に認められることになる。
仮に10年前であれば「やはりアラブ圏には民主主義は根付かない」と分析していればよかった。だが、対岸のイタリアでも同じような動きが起きている。議会はまとまりがなく首相の改革提案が受け入れられない。大統領が説得を試みたものの議会が態度を変えることはなかった。イタリアでは首相に議会解散権限はない。大統領が上下院の解散を命じ総選挙が行われる。おそらく、大統領・首相・地方自治体の市長たちは改革を進めることを望んでいるはずなのだが、議会と国民は「改革はもうんざりだ」といっている。
必要な改革をやりたくない国民がいる国で民主主義のプロセスを最大限に重視すればイタリアのような状態に陥る。一方で誰かが改革を断行しようとすれば、チュニジアのようにプロセスを無視し「独裁化」と非難されることになる。
だがサイード大統領のもとでチュニジア人の暮らし向きが良くなるかどうかはわからない。今回は大統領が提案する憲法案が通ったのだがそれが正解である保証はどこにもないからである。大統領の考えが間違っていれば、あるいは国民の協力が得られなければ、おそらくチュニジアの経済はより悪くなる。
また一般論として、権力基盤のない大統領は権力を自力で掌握する必要が出てくる。このためには軍に対しても分配をする必要が出てくる。だが、ない袖は振れない大統領は外国に融資を求める事が多い。エジプトは中国の融資を呼び込み巨大首都開発プロジェクトを推し進めているが経済状態はかなり危機的であると言われている。財政破綻の懸念がありつつも支持者たちに分配を続けないことには権力基盤を維持できないのだろう。とはいえ財政は危機的状況にあるためIMFやサウジアラビアなどに支援を求めている。
チュニジアもまたIMFに支援を求めている。イタリアとは違って強い権限を元に改革を進めることができるようになるはずだが、権限があるだけは改革は実現できない。少なくともチュニジアの労働組合はかなり反発しているようだ。労働組合は「改革はすべきだが自分たちは痛みを引き受けるつもりはない」との態度を明確にしている。国民から支持を取り付けることができたとしても労働組合を説得できなければIMFの継続的な支援を受け続けることはできない。そもそも投票率が27.5%だったところから多くの国民の理解は得られなかったことは明白だ。
結局、独裁にせよ民主主義にせよ何らかの形で改革を進めない限り社会は混乱する。イタリアとチュニジアを比較すると民主主義だけが正解ではないというがわかる。かといって、独裁にしたからといって全てが解決するわけではない。
どうやら、チュニジアの独裁化は何かの終わりではないようだ。まとまりのないままでサイード大統領が問題の解決に失敗すればさらなる混乱が予想される。