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ロシアが国連事務総長に向けた敵意とその影響

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ロシアが国連事務総長が訪問中のキーウを爆撃した。その意図は不明だがロシアは明らかに事務総長の仲介活動にいら立ちを見せているようだ。

仮にロシアが「自分がコントロールできない国連などもういらない」と考えているとすると、ロシアは次の国連事務総長を決めないことで国連を機能不全に陥らせることができる。1981年の国際連合事務総長の選出で16回もの投票で事務総長が決まらず候補者が辞退することで妥協が図られたことがあった。

この時に強硬に反対したのは中華人民共和国でアメリカも拒否権を使って対抗した。ロシアが現在の状況についてどう考えているのかはわからない。仮に5月9日に国際社会に対して敵意を向けるような発言があるならばかなり面倒な事態に向けての第一歩になるのかもしれない。単に内向きの発言に終始してくれることを祈るばかりだ。

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1981年の事務総長候補は3期目を狙うヴァルトハイム事務総長とタンザニアのサリム候補だった。中国は「第三世界からの事務総長を出すべきだ」としてヴァルトハイム事務総長に拒否権を発動し続け、対抗措置としてアメリカはサリム候補に対して拒否権を発動し続けた。最終的に事務総長に決まったのはペルー出身のデ・クエヤル氏だった。この時ペルーにとどまっていて自分が新しい事務総長になるとは思っていなかったようだ。つまり完全なダークホースだった。

中華人民共和国は中華民国(今の台湾)に代わり新しく常任理事国になったもののしばらくは沈黙を守っていた。1971年もヴァルトハイム氏に対して2度拒否権を発動したが3回目には棄権している。つまり新加盟当時は様子見をしており10年経ってから本格的に存在感を示し始めたことになる。

それでも常任理事国が妥協したのは第二次世界大戦の記憶やベトナム戦争の混乱などがあり国際社会には確固たる調整力が必要だということがわかっていたからだろう。つまり、常任理事国の中の一つが「もうそんなものはいらない」と考えて中から妨害活動を繰り広げるようになれば、国連は簡単に瓦解する。

現在の事務総長のグテーレス氏は2期目である。安保理が勧告し総会で決定するという手続きなのでロシアはこの時にグテーレス氏の2期目を承認したということになる。つまり今回のキーウ爆撃は自らが承認した事務総長に対するかなりあからさまな敵意の表れということになる。

ただし、ロシアがこの敵意をどれだけ明確な形で表明するのかということはわからない。5月9日の演説があくまでも国内向けに結束を呼びかけるようなものになれば「ロシアは国際社会にとどまるつもりがある」と読み取ることもできるだろう。だがここで明らかな敵意を向けるような発言があれば時計の針が進み出したと解釈することができる。つまりいわゆる「西側」はそれなりの対応を迫られることになる。

グテーレス事務総長は2021年6月に選出されたばかりであるため次の事務総長選出プロセスまでにはかなりの時間がある。ただ慣例上3期目はないものとされているため次は安保理の推薦手続きからやり直すことになる。

では、安保理の機能不全は平和秩序の構築と維持にどのような影響があるのだろうか。今回の件に関連づけるのであればそれは紛争状態の「確定」である。

秩序なき混乱を防ぐために戦争の構造を確定させ「中立国」が抜け駆け的に漁夫の利を得ないように定められた戦争に関する国際条約がある。このハーグ条約は1907年に署名され日本は1911年に批准した。

条約は当事国だけではなく中立国も拘束する。こうして無秩序化を防ぐ仕組みである。ただし「国際法」は条約を批准している国家間でしか機能しない。これを世界的に拡大するために作られたのが国連である。国連の目的は5つの戦勝国(アメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランス)が中心となり国際秩序を積極的に保つことだ。

国連の主な機能の一つに「平和の破壊」と「侵略行為」の抑止がある。軍事行動だけでなく非軍事的な行動をとることができる。つまり、秩序だった戦争のフレームワークを作るところから積極的に戦争を抑止する体制へと進化してきたのである。

第39条:安全保障理事会は、平和に対する脅威、平和の破壊又は侵略行為の存在を決定し、並びに、国際の平和及び安全を維持し又は回復するために、勧告をし、又は第41条及び第42条に従っていかなる措置をとるかを決定する。

国連憲章テキスト

今回のロシアの行為はそもそもこの基本的な考え方から逸脱している。「何が戦争で何がそうでないのかを決めるのは自分たちロシアである」と考えているからだ。だからこそグテーレス事務総長の「ウクライナ侵攻は国連憲章に完全に背くものだ」という発言が許せなかったのではないかと思う。ロシアからしてみれば「常任理事国である自分が選んでやった事務総長」から「あなたのやっていることは違法ですよ」と言われたことになるからである。

アメリカなどの西側も宣戦布告なき武力侵攻をやっているではないかという批判がある。ただ「きちんとした枠組みとそれなりの理由づけ」を最後の一線にしてきたことも確かだ。つまり国連は紛争抑止には役に立ってはいないのだが、その前段階の「戦争の枠組みの規定」については機能を果たしていると言える。

冷戦当時の1981年でさえ常任理事国は「平和と秩序維持のための枠組み」に利用価値を見いだしてきた。だが明らかな侵略を特別軍事行動と呼ぶ今のプーチン体制のロシアにそうした気持ちがあるのかはよくわからない。そればかりか秩序そのものにあからさまな敵意を向けているようにも感じられる。

現在はロシアが特定の国の主権に対して挑戦しているだけなので状況は割と明確であるだが、これに乗じる国が出てきた途端に話は大混乱するだろう。誰が敵で誰が味方ががわからなくなってしまうからである。

ロシアは現在の国際秩序の中では大きな地位を占めているため簡単に排除することも難しい。また西側諸国は国連の秩序維持の仕組みを「良いもの」あるいは「利用価値が高いもの」と見ているためこれを手放したくない。ロシアが仮に明確な敵意を鮮明にした場合には何らかの取捨選択が迫られることになるわけだがおそらく容易な判断にはならないだろう。

特に現在のありようは日本に大きな影響を与える。平和憲法と呼ばれる現行憲法の前文には次のようにある。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

日本国憲法(衆議院)

平和主義の元になっているのは「平和を愛する諸国民の公正と信義」なのだから、これが「信頼」できなくなった時点で憲法の基本理念が再定義を求められることになってしまうのである。奇しくも5月3日は憲法記念日だ。

これまでも国際社会はいくつかの危機を乗り越えてきた。例えば「第三次世界大戦勃発か」と言われたキューバ危機もすんでのところで回避され、国連も東西冷戦の緊張した状態を生き抜いてきた。このため「嵐が過ぎるように収まるところに収まるのではないか」と願うばかりなのだがそうならない可能性もかなり高いように思える。しばらくは緊張した状態が続きそうだ。

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