憲法審査会で何が話し合われたのか?

憲法審査会でオンライン出席が認められたという記事があったのだがよくわからないので細かく読んで見た。憲法と憲法改正議論がおもちゃになっていることがよくわかる。






まず総論を書く。この憲法審査会の目的はおそらくやっている感の演出だろう。参加者には誰も真剣に憲法を変えるつもりなどないはずだ。

自民党:改憲勢力がもっと過激な改革政党である維新に流れることを警戒している。その防波堤になっているのが安倍元総理だ。最近めちゃくちゃな発言を繰り返しているが、明らかに維新になびきそうなネトウヨを意識している。だが実際にはオンライン出席ができないから改憲すべきだという主張は自民党から支持されることはなかった。細かい説明をすると矛盾が露呈してしまうので一部の強烈な改憲派のTwitterやYouTubeチャンネル以外で箱の問題が触れられることはないだろう。

立憲民主党と国民民主党:オンライン出席が認められたのは自分たちの成果だと言っている。実際に改憲議論になると党内が分裂しかねないが改革の成果は宣伝したい。そのために憲法審査会が利用されたのだろう。

共産党:いつもながらに議会政治そのものを信頼しておらず「議会運営を議会が多数決で決めるのは大変危険」と言っている。中には政府に何もさせないのが憲法の役割だと主張するものまでいる。議会制民主主義そのものを否定している。


個人のわがままは認めないという姿勢

第一に今回の憲法審査会で決まったのは「例外的にオンライン出席を認める」というものだったようだ。災害や戦争などの例外に限られ妊娠や出産といった個人の事情では認められないのだという。災害の時には仕方がないが個人の事情は認められないという日本型の集団主義の姿勢が色濃く見られる。

自民党は改憲ありきという主張だったが解釈で対応するという妥協案を受け入れたといっているが誰がそう決めたのかということやなぜそうなったのかということを書いた記事はない。自民党議員のTwitterを探して見たがそもそも自民党議員は(河野太郎のような変わり者を除いては)Twitterみたいなことはやらないようだ。支持者たちに説明することはあっても国民に知らせようという意識は希薄なのだろう。ここからも有権者個人をないがしろにする姿勢が見られる。

根強い共産党の議会否定主義

大方が今回の解釈変更に賛成したのは「議会の運営は自分たちで決められるという議員自律権」が根拠になっているようだ。ただ、共産党は「憲法審査会が解釈権を持つのはよくない」という理由で反対したという。Twitterを見たところ「多数決はけしからん」と書いている人が多くいた。国会で憲法を解釈し多数決で決める前例を作ることで憲法が破壊される書いている。護憲派が憲法第9条の根拠を次々と失うなか「話し合うことすらけしからん」という機運が生まれていることがわかる。

中でも面白いなと思ったのはプーチン大統領のような指導者が現れても戦争をしないために憲法第9条があるという意見だ。そういう人が生まれないようにするための仕組みを作るのが憲法の役割だとおもうのだが、議会政治というものがそもそも最初から信頼されていないのだろう。

そもそもロシアプーチン大統領やベラルーシのルカシェンコ大統領クラスの独裁者になると憲法第9条があろうとなかろうと一夜にして改憲することができる。つまりそうならないように普段から議会を抑えて置くことが重要だ。共産党の支持者たちはおそらくもうそういうことはわからなくなっている。

実は誰も憲法に触りたくないが改革姿勢はアピールしたい

最後にこれを改憲議論に結びつけたかった改憲勢力はこれで終わりではないと訴え改憲議論を進めたくない立憲民主党は立ち止まって考えるべきだといっている。依然憲法改正するかしないかということそのものが政争になっていることがわかる。

だがその中身を見ていると「改革政党イメージ」のために改憲運動を推進したい人と、改憲機運が高まると党内がまとめられなくなる人々がお互いに膠着しているだけにしかみえない。そこにそもそも議会が信頼できな人たちが加わりあれこれ言っているだけの話である。

マスコミも好き勝手に分析する。事前にこれについて書いていた読売新聞は改憲議論に前向きな世論が強まっており立憲民主党も応じざるを得なくなったのだろうと言っている。実際には維新が躍進し「今改革っていうと投票してもらえるらしいぞ」という単純化された有権者理解が広がっているだけなのではないかと思う。

玉木雄一郎代表はこれを国民民主党の成果だと声高らかに訴えた。他に誇るべき成果もないのでこう宣伝するしかないのだろう。これは立憲民主党も同じだ。別のエントリーで書くのだが玉木代表はみんなで決めたことを自分の成果にするフリーライディングで参議院選挙を乗り切りたいようである。

色々なことが話し合われたように見えるのだが、実際には「災害くらいになったら仕方ないんじゃない」という実に当たり障りのないことがあたかも大きな成果のように喧伝されていることがわかる。ほぼ何も決めないことを決めたが、それでも異論が出るところからも、基本的に面での議論は苦手な民族なんだろうなということだけはわかる。

日本の安全保障環境は大きく変わりつつあるのに

常任理事国であるロシアがウクライナに侵攻しついに原発が襲われるという事態になった。国連はもはや信頼できず日本も新しい安全保障議論を進めるべき時期に来ている。だがおそらく永田町には戦火は及ばないと議員たちは侮っているのだろう。今だに憲法改正議論をおもちゃにして遊んでいる様子がうかがえる。

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