このところウクライナ情勢とプーチン大統領について書いている。すると「ウクライナでは大勢のロシア人が殺されているのにプーチン大統領を狂人と決めつけるのはいかがなものか」という反論がついた。
英米やユダヤ人の富豪たちが世界を支配していると信じている人がいる。この人たちにとっては今回のロシアの戦争犯罪も「世界を支配している人たちがプーチン大統領を断罪しようとしている」と見えるのだろう。今回はどういうわけかロシアやプーチンを擁護する人がちらほらいる。
これらはほぼ全て陰謀論の類であり考察に値するとは思えない。
だが、プーチン大統領を狂人と決めつけるのは如何なものかという言動じたいには考えるべきところもある。
アメリカ合衆国がプーチン狂人説を広め始めた
そんなことを考えていたらアメリカはプーチン大統領の精神状態を疑い始めているようだという記事を日経新聞で見つけた。
この議論には二つの目的があると思う。
- アメリカ合衆国はロシアとウクライナの戦争に巻き込まれることを恐れている。バイデン大統領がウクライナに介入しないということを決めた時CNNは「民主党候補に追い風になる」と成果を強調してみてた。アメリカ人は戦争に巻き込まれることに嫌気がさしているが世界の警察官という自己認識は捨て切れていない。そこに介入しない理由として「あれは民主主義を守る戦いではなくプーチンの狂気だ」と矮小化したいという思惑があるのだろう。
- さらにプーチン大統領個人の狂気によって行われた戦争に正当性があるはずはないという国際世論を作りたい。今回クワッド会合でロシアを非難する決議は行われなかった。インドが反対したからである。態度を決めかねている国に「あなたは狂人を応援するのですか?」と突きつけたい。おそらくこれは一定の効果を持つだろう。
ナットアイランド症候群 – 狂気の裏にある合理的理由
だが、実際にプーチン大統領を狂人だと決めつけるのは危険だろう。狂人なら自滅するだろうという侮りを生むからである。実際に彼が陥っているのは極端な視野狭窄による非合理的意思決定と倫理の欠落状態だろう。これは、ナットアイランド症候群として知られる。
プーチン大統領と彼を支持する人たちがインナーサークルを形成したのはスターリングラードのKGBでのことだった。以来彼らは鉄の結束力を保ち続けている。プーチン大統領は数々の謀略でロシアを抑えながら権力を掌握してゆくと同時に権力構造の中に閉じ込められてゆく。
プーチン大統領とそのインナーサークルが権力を掌握する中、ロシア政府は弱い財政に苦しめられ続けている。にも関わらずロシア国民は手厚い年金による生活保証を求め続けた。放漫財政を続ければロシアは破綻し外国に支配されるに違いないという恐怖心がインナーサークルの中に芽生える。だがロシア国民はそれを理解しようとしない。だが同時に彼らは偉大なロシアの庇護者であるという自己認識も持っている。おそらくだんだんバランスが取れなくなって行ったものと思われる。だから彼らは偉大な民族を宣伝しつつも強力な言論統制をやっている。
さらにこれに追い打ちをかけたのは新型コロナ禍だったようだ。プーチン大統領はコロナウイルスも恐れていた。フランスのマクロン大統領との距離はとても遠いものだった。このプーチンの長テーブルは外の世界に対する彼の恐怖心の表れとして引き合いに出されることになるのではないかと思われる。
孤立し独特の正義感を持ったチームが危機感を募らせるという心理メカニズムはすでに解明が進んでいる。経営学ではナットアイランド症候群などと言われている。矛盾を内包できなくなった彼らは彼らはやがて非倫理的な行動に走るのである。
合理的だからこそ危険
正義感と危機感に支えられた強固なチームが周囲から孤立してゆき鍵られた情報に縛られて倫理的に間違った判断をするというのは割とよくあることなのである。すでに書いたように孤立した中高年がパソコンの前で危機感を募らせてゆくというのと構造は同じだが彼らネトウヨのことを「狂人」とは言わない。
だが実際にプーチン大統領は恐ろしく非合理的な意思決定をしている。自分の目的を達成するためにはヨーロッパ最大級の原子力発電所が爆発しても構わないというのは常軌を逸した意思決定だ。成果を過大視し成果を得るためのリスクに対して極めて低い評価を与えている。
また多くの若い兵士を捨て駒にしているらしいということも知られている。練習だと騙して連れて行った若者を捨て駒にしてウクライナを疲弊し少数の軍人で最終制圧をしようとしている。つまりプーチン大統領が信頼できるのは限られた人たちだけであってそのほかの人はロシア人であろうがウクライナ人であろうが全て駒に過ぎないのだ。
倫理観が崩壊した状態を狂気というならこれはまさに狂気である。その狂気に導かれる形で実に緻密に行動を積み重ねている。極めて緻密な軍事作戦とそのほかの非合理的な側面が入り混じって報道されると人々は「プーチンは気が狂っている」と思い始めるのである。