国民の一般的な宗教的感情を害したという理由で死産した妊婦が国家に断罪される

誰にも相談できないまま一人で子供を産んだある女性が国家に断罪された。彼女は双子を身ごもっていたが死産だった。おそらく出産直前まで働きづめだったのだろう。悲劇だったのかもしれない。

2022年1月にある高裁判決が出た。双子を死産した女性は「死産という犯罪行為」を断罪された。この事件を全く知らなかったのだが、Twitterで応援を呼びかけるツイートを見た。その後望月優大さんが経緯をまとめているのを知りとても、一読してとても暗い気持ちになった。

一晩考えて国家の品格を計る手段としてこれほどふさわしい判決はないのではないかと思った。裁判所はむしろこの技能実習生に対して国を代表して謝罪すべきだと思う。だが、福岡高裁はこの女性を断罪することを選んだ。理由は「国民の一般的な宗教的感情」を害したからなのだそうだ。品格を失いつつあるこの国が安い労働力を維持するために作り上げた苦し紛れの理屈が「一般的な宗教感情」だった。

だがこの判決は「国民が持つ一般的な人道感情を害している」と思う。






この判決が出たのは1月19日のことだそうだ。おそらくニュースにはなったのだろうが全く見逃していた。有罪になったのはリンさんというベトナム人の技能実習生である。熊本地裁では懲役8月・執行猶予3年という判決だったそうだが、福岡高裁では懲役3月・執行猶予2年に減刑された。

望月さんの記事を元に書くと次のような経緯らしい。

リンさんは2020年11月15日の午前中に実習先みかん農家の寮の部屋で双子を死産した。遺体を二枚のタオルでくるみ双子の名前や弔いの言葉などを記した手紙とともに段ボール箱の中に入れそれをもう一つ別の段ボール箱に入れて封をしたそうだ。その次の日の16日に監理団体職員などに連れられて病院に行く。当初は否定したものの同日午後に医師に対して死産の事実を話した。その後病院から警察に通報がなされ同じ病院にそのまま入院となった。そして数日後に退院するとそのまま逮捕された。

異常な状態だとわかる。みかん農家では大勢の人が働いていたはずで双子を妊娠したことに誰も気が付かなかったはずはないと思える。仮に気がつかなかったとしたら誰も労働者の健康状態を気にしていなかったということであろう。さらにリンさんも言葉の通じない異国で出産という事態に対して誰にも相談できなかった。さらにおそらく技能実習生に産休はない。おそらく直前まで働きづめだっただろう。これが妊娠にどのような影響を与えたのかはよくわからない。過剰な労働が死産に結びついた可能性もある。

疲弊する地域の農業がこうした労働力に依存していることはよくわかる。だがこれは極めて非人道的な労働環境である。だが我々が安いみかんを食べるためには「こうした犠牲はやむを得ない」と考えられているのだろう。

ベトナム人技能実習生の中にはブローカーに高額の手数料を支払って日本に渡航している人たちがいると聞く。「妊娠が発覚して帰国」ということになれば家の借金だけが残ったということになりかねない。このために誰にも相談できなかったということは確かにあり得ることだと感じた。リンさんは来日前に150万円の借金を抱えて来日したと望月さんは書いている。

熊本地裁は「常識」に照らし合わせ「そんな状態であればいくらなんでも誰にも相談できないことなどあり得ないだろう」し「段ボール箱に死産した子供を入れておくなど普通に考えて死体遺棄以外の何物でもない」と考えた。そこで「国民(ここでいう国民とは日本人であろう)の一般的な宗教的感情」に照らし合わせると異常な行為であると断罪した。

おそらく地裁も高裁も大体の事情は知っているはずだ。しかしこれをかわいそうだと認めてしまえば地域産業が崩壊しかねないということもわかっているのだろう。さらに勝手に子供が生まれればその子供には「人権」が生じてしまう。そこで「妊娠などあってはならないこと」として断罪することを選んだ。

福岡高裁は「故意に隠した(作為的な隠蔽と不作為の遺棄という二段階に分けている)」という判断を維持した。だがすぐに(正確には1日と9時間後)報告しているので「葬式を行うつもりがなかったとまでは認定できない」として減刑した。確かに論理構成は緻密だ。

この判決には異常なところがいくつかある。異国で誰にも相談できる状態にない中でパニックに陥っているであろうこの行為を「作為的な隠蔽である」とする論理構成を行なっているところだ。いかにも無理があるがこうしないと最終目的の「秩序維持」ができない。つまり細かく論理構成を詰めれば詰めるほど異常さが浮かび上がってくる。

このような隠匿妊娠行為がまかり通れば我が国の技能実習制度を取り巻く前提が大きく崩れてしまうという恐怖感があるのだろう。さらに日本人女性が女性が出産を隠したままでパニックに陥った場合も遺棄という外形的な事実を作りにくくなる。極秘出産・乳児殺しという犯罪行為を断定できなくなってしまうからである。このため判決は様々な理屈を駆使して合理的な考察をしたという事実を残しつつ、最終判断に向けて突き進む。

確かに「妊娠出産を管理し戸籍や法的報告の対象にする」という統治者目線に立てばこれは正当なことのように思える。女が勝手に妊娠し勝手に産み落としたり逆にひっそりと子供を始末するようなことはあってはならないという論理である。

裁判官によれば女性は「産む機械」として社会が管理すべきだし、ベトナム人は労働力として管理されるべきだということになるのだろう。統治という視点に立てば人はなんらかの機能を持った道具である。

望月優大さんはこの論理展開について書いているので詳細を知りたい人は読んでみるといいと思う。確かに司法闘争という意味ではこうしたアプローチが「正常」なのかもしれないなと思う。

だが、これは当事者の視点と母親の感覚を全く無視している。それにそもそも人間は統治者の道具ではない。

文章の後段には死産の後リンさんが「誰にも相談できない状態に置かれていたこと」や「それでもできる限り弔いの気持ちを持っていたこと」が書かれている。死産した双子が寒くないように布で包んだそうである。名前を考え弔いの文章を書いた。おそらく子供を身ごもった経験のある人の感覚からすれば胸が張り裂けるような経験であろう。

リンさんは来日前に150万円の借金を抱えて来日した。そして、妊娠について雇い主や監理団体に告げれば意思に反して帰国させられるかもしれないと本気で恐れていたそうだ。そもそもこのような状態が極めて異常である。彼女を使役していたみかん農家や管理団体が「何も気が付かないまま」流産の危険もある労働に彼女を従事させていた点やそれを許している技能実習生という制度、さらに高い中間手数料を取っているブローカーなどの存在は全て裁判では語られない。

望月優大さんは2017年11月から2020年末までのわずか3年強で、妊娠または出産を理由とする技能実習の継続困難事例は637名にも及ぶと指摘している。国がこうした以上自体を放置していることは明らかだ。若い働き手は生殖的にも適齢期である。そもそも「子供を生まない前提の格安労働力」ではない。

「言わなかった(隠していた)」のか「言えなかったのか」という点は極めて重要だ。言わなかったとしたらリンさんは我が国の統治制度に対する反逆者ということになる。だが視野を広く持って「言えなかった」とすれば彼女はまぎれもない被害者だろう。どちらの目線を取るかによって全く事件の意味合いが変わってきてしまうのだ。裁判官に女性が少ないことも視点に影響しているのだろう。

リンさんは裁判の受け止めとしてこう言っているそうだ。裁判官に気持ちが伝わらなかったと訴えている。

「今日の結果はすごいがっかりしました。もし裁判官が、苦しんでいるお母さんが出産したり死産になったりしたら、技能実習生が苦しんで、社長さんや会社や監理団体が帰国させたり、圧迫したり、そんな気持ちがわかったら、多分結果が違うと思います。」

技能実習生制度を容認する我々日本人は外国人を使い捨ての格安労働力としか見ていない。妊娠したら働けなくなるから「捨てればいいじゃないか」という発想があり自民党・公明党政権はそれに応える形で技能実習生制度を作った。そして男性が優位の裁判所もこの統治者意識を維持し母性というものを全く無視した形でロジックを駆使し「統治の維持」に腐心している。

どう考えても異常な判決であり技能実習生制度は異常な制度なのだが、今の日本ではこれが「合法で正常」なのだ。

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