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なぜイギリス人ができることが日本人にできないのか

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イギリスでボリス・ジョンソン首相が三週間の外出禁止について説明をしているビデオを見た。このビデオを見て「あるべき姿」がわかったと思う。不思議に思うことが二つある。なぜ日本人である私が「全く事情が違うはずのイギリスの政治」をみて「あるべき姿だ」と思うのかということと、日本がこうならないのはなぜかということである。どちらも議院内閣制にもかかわらずこうした違いが出るのはどうしてなのか。いくら考えてもさっぱりわからない。

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まずはビデオを見ていただきたい。

「You Mush Stay Home」とロックダウンを要請するボリス・ジョンソン首相

ボリス・ジョンソン首相はイギリスの医療制度を守るために広範囲に移動を制限することを国民に要請した。日常の買い物と定期的な運動以外はほとんど全てできなくなり集会も禁止される。友達から遊びに来いと言われたら「ノーと言え」と言っている。警察官は取り締まりの権限がある。結婚式も洗礼式も中止になりできるのは葬式だけである。ただ、この行為が「経済に影響があること」はわかっているからその補償はすると言っている。この制限をどうするかは三週間以内に状況を見て判断する。

普段はめちゃくちゃなことを言っているボリス・ジョンソン首相だがやはりリーダーシップ教育を受けているからなのか、この演説は理路整然としたものだった。守るべきガイドラインも簡単である。外に出るなと言っている。

  • まず目的があり
  • その目的を達成するためのシンプルな行動指針を提示し
  • その行動指針がどう役に立つのかを短く説明し
  • それによって生じるリスクを分析した上で
  • どう補償するかを提示し
  • どういう基準で解除するかを提示している。

これを見ると我々がなぜ「安倍疲れ」に陥るのかがわかる。目的と行為のセットが単純であれば人々は納得して従うことができるのだがそれがなければ疲れてしまう。そして政府の言うことには本音と建前がありそれを想像しないと本当のことがわからない。これが「安倍疲れ」の正体である。

我々はコロナウイルスに疲れているのではない。安倍政権の場当たり的な政策に疲弊させられているのではないだろうか。

状況が信頼できなければ人々は自助努力でこれを乗り切るしかない。周りが誰も信じられなくなれば囚人のジレンマという状態に陥る。協力すれば100%得られるはずの便益が著しく低減する。

参議院の予算委員会では「今業界から話を聞いている」ということになっているのだが対策は一向に出てこない。その間にも雇用者が切りやすい人から従業員を切っているようだ。ついには内定切りも横行するようになり「コロナ内定切り」というラベルがついている。だがこうした人たちの声が厚生労働省を通じて官邸に上がることはないだろう。そもそもコロナ対応で手一杯になっている上に政府や官僚が自分たちの失敗を認めることになりかねないからだ。

そればかりか「予算措置をする」というとその予算を狙っていろいろな人が群がってくる。今は旅行業界に補償するという話になっているようだがクーポンをつけて宿泊料を補填するという話になりかけているという。新型コロナで出かけるなといっているのになぜ旅行消費を促進するのかという質問に答えられる人はいないのだろう。おそらくみんな「業界団体に配慮しているだけなのだろう」ということは知っている。こんな状態で社会に協力するのはバカのやることだ。自分の身は自分で守らなければ誰も助けてくれない。

ヨーロッパはやらなければならないことがありそのために意思決定がなされそれを補償するためにお金が使われている。ところが日本では政府が場当たり的に何かを決め自衛のためにパニック的な行動が起こり弱い人から切られて泣きを見るというようなことになっている。

イギリスの政府は問題に対応しようとしているが日本の政府は問題を作り出しているといえる。日本とイギリスは同じ議院内閣制の国なので、イギリスでできることは日本でもできるはずである。なのにこうした違いが出る理由がさっぱりわからない。

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