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WHO事務局長は中国を忖度しているのか

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本日はWHOの事務局長は中国を忖度しているのかという問題を取り上げる。極めて微妙なテーマなのだがここから意外なことがわかる。我々はアフリカの公衆衛生という問題に極めて無頓着だ。そして発展途上国はこうした無関心に反発している。おそらくこの問題はますます大きくなるだろうと思われる。つまり国際政治は先進国主導からより「民主的な」状態にシフトしつつあるのである。そしてその「民主的」が何を意味しているのかというのが今回のテーマだ。

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その前に日本の右派メディアのピントのずれた反応をまとめておきたい。

55年体制で情報アップデートが止まっている右派メディアはWHOは中国の習近平国家主席と深い関係にありそれが問題を引き起こしているというような論評を出している。遠藤誉さんは「習近平とWHO事務局長の「仲」が人類に危機をもたらす」とまで言っている。だが記事を読むと、この一件は「習近平を天皇に会わせるな」という政治的意見を表明するための単なる道具になっているようだ。産経新聞も同様の社説を出している。前回ご紹介した「生物兵器説」もおそらくはこのウイルスが中国発でなければ出なかっただろう。アメリカにも中国を敵視して自国の軍事的プレゼンスを維持したいという人がいるのかもしれない。

このように先進国目線で見ると中国が孤立しているように見えるのだが実はそうではない。国際社会は民主化しつつある。そして民主主義を国際社会に導入すると先進国が数の上で負けて孤立するという状態が生まれる。つまり先進国は人権や民主主義を各国に押し付けつつ、国際世論という観点からは民主主義を導入すると不利になってしまうという皮肉な状態が生まれるのだ。

このことは「WHOが中国と結託して情報を隠しているのかもしれない」という不安を呼び、今回は中国からの旅行者や客船を一切日本には入れてはいけないというような政治的空気を作り出した。WHO・中国対西側先進国という図式である。安倍首相が独断でWHOの判断に逆らったのにはおそらくそういう背景がある。疾病対策はそのまま内政問題につながり政権を揺るがしかねないのだから、この判断はまずは妥当だろう。

では、遠藤先生がいうようにWHO事務局長は中国の影響によって選ばれたのだろうか。事務局長の名前はWikipediaによると「Tedros Adhanom Ghebreyesus」というそうだ。エチオピアには氏という概念はないようだが、Adhanom Ghebreyesusは父親の名前らしい。Wikipediaはテドロスと書いている。遠藤さんもテドロス事務局長と書いている。ここではテドロス・アダノムとしたい。

エチオピアは中国と深い関係があることが知られている。二番目のJETROの記事では利息を棒引きにしたという話も出てくる。中国は利権を残したままで支払い可能な状態を維持したかったのかもしれない。

テドロス・アダノム事務局長は北部のティグレ人でティグレ人民解放戦線という政党に所属している。政党の名前からわかるようにもともとエチオピアは社会主義色の強い国である。テドロス・アダノムさんは保健大臣と外務大臣を歴任したという。ここから中国との関係が「疑われる」わけだ。

ところがwikipediaの来歴を読んで行くと、力強いリーダーシップを発揮してお金のないエチオピアでエチオピアの公衆衛生に貢献した人であるということがわかる。この来歴だけを見るとアフリカで期待されても当然だ。

WHOは2017年まで事務局長を選挙で選んでいなかったという話を日経新聞が伝えている。中国は親中派の陳馮富珍(マーガレット・チャン)氏を事務局長にしていたが、SARS対策をめぐり疑念を呼んだ。そこで「次期の事務局長は選挙で選ぶ」ということになった。だが中国は上手く立ち回りアフリカの期待を受けたテドロス・アダノムさんを支援することにより影響力を保持する道を選んだ。

日本語でテドロス・アダノムさんの評価を調べてみようとしたのだが、WHOの事務局長に就任したということを含めてもほとんど記事がなかった。代わりに官邸の記事が出てきた。日本には皆保険制度(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ/UHC)がありそれを世界に広めて名声を獲得したい。お金持ちの自己満足とひけらかしなのである。財務省にも同じような記事があった。こちらはおそらくUHCを財政面から支えているというアピールなのだろう。日本はアフリカや発展途上国に興味がない。ニホンスゴイデスネと言ってもらいたいだけだ。これが日本の「援助」の実態である。

中国のアフリカ支援がすべて善意から来ているとは思えないし単なる利権の拡張なのかもしれない。だが少なくとも現地が必要なものを与えようという姿勢は見える。これが先進国がアフリカで支持されず中国が歓迎される理由である。

とここまで調べてくると「アフリカのスターとそれに関心がない西側先進国」という図式が作りたくなる。ところがwikipediaには気になるスキャンダルの項目がある。アウトブレイクを隠蔽した過去があるというのである。

日本語では記事がなかったが英語ではテドロス・アダノムさんのスキャンダル記事がいくつか見つかる。2017年にはワシントン・ポストがかなりショッキングな記事を書いていた。この記事を読むと先ほどのWHOの「民主的な選挙」がどんなものだったのか疑いたくなってしまうのだ。

就任したてのテドロス・アダノム事務局長はジンバブエのムガベ大統領を親善大使に任命したという記事である。カナダのトルドー首相が「エイプリルフールの悪い冗談だと思った」と感じたそうだ。記事にはこういう一節がある。

Some speculate that Tedros’s decision to appoint Mugabe was a pay-off to China, which worked tirelessly behind the scenes to help Tedros defeat the United Kingdom candidate for the WHO job, David Nabarro. Tedros’s victory was also a victory for Beijing, whose leader Xi Jinping has made public his goal of flexing China’s muscle in the world.

Another week, another scandal at the United Nations

ムガベ大統領を親善大使にしたのは中国への見返り(pay-off)だろうと書かれている。習近平がflexing mucsle(豪腕を見せつける)機会になったというのである。ムガベ大統領は中国と親しかったということがわかる逸話だが、最終的には影響力を行使しようとした中国に失脚に追い込まれたという記事も見つかった。この辺りになると実際に何があったのかはわからない。少なくとも西洋的な民主主義の常識では理解できそうにない。WHOというのはそもそもそのような政治的闘争の場所なのである。

ムガベ大統領の親善大使というエイプリルフールジョークまがいの任命は根回しなく行われたこともありのちに撤回されたそうだが、西側先進国がWHOの新しい事務局長に不信感を持ったことは間違いがない。SARSを巡り不透明なことがありそれを刷新しようとして民主主義的選挙を導入した。そこでいきなり「ムガベ大統領を親善大使に」などと言われれば戸惑うのは当たり前である。

WHOは新型コロナウイルスはパンデミックではないし中国との往来を制限するべきではないと言っている。だが、WHOの事務局長選出の裏側に先進国対発展途上国という対立があり、先進国はこれを無視して渡航禁止などの措置を講じ始めている。今、WHOの采配に各国政府が表立って抗議することはないだろうが、おそらくこの件はあとあと問題視されることになるだろう。だが、民主的な選挙ではなく拠出額に従って人事を決めるなどということをすればアフリカから反発されるのは必至である。一度手にした民主的権利を手放す人はいない。

安倍首相もこうしたことは知っているはずで、国会では「台湾が排除されている」という質問に対して敏感に反応していた。WHOの状況を表立っては批判しないが内心はかなり苦々しく思っているようだ。台湾は今回の件で「異例の」会合参加が決まった。だが、表立ってWHOへの不信などを表明することはできないが、何らかの複雑な感情を持っていることは間違いがない。

まとめると次のようになる。まず西側先進国はアフリカの公衆衛生などに関心がないことは確かである。そこに関心を持っているのは中国だ。おそらくアフリカにも中国にも「人権を振りかざしてあれこれ言ってくる」西側先進国に対する敵意があるのだろう。さらに中国には自分たちの影響圏を広げたいという野心もある。誰が正義で誰が悪者なのかと決めることはできない。立場があまりにも違いすぎるからだ。

この一連の流れを読むと「無駄に不安を煽っている」とか「中国への敵視感情をほのめかしている」と思う方もいるかもしれない。だが、実際には表に出ている新聞記事などを順番に置いているだけである。誰が正しくて誰が正しくないのかというのはこのレベルでわからなくなっているし、おそらく立場によって違う価値観があるはずである。発展途上国には発展途上国なりの正義と事情があるが、さすがにムガベ大統領を親善大使にというのは受け入れがたい。それくらい乖離しているのである。

我々はいまやデマやデマのように見える真実に直にさらされている。西側の正義だけがまかり通るような世界をもう生きていないということだけは確かで、我々はそれを自己責任で判断しなければならない。

テレビでは依然「クルーズ船に閉じ込められた人がかわいそうだ」という話をやっている。普段NHKくらいしか見ないような人はそれくらいで十分かもしれないのだが、この件に本当に興味があるならば自分で調べなおしたほうがいいと思う。おそらく自体は我々が考えているよりももう少し複雑である。

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