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松本人志式解決でうやむやにされるのは何か

吉本興業と宮迫博之さん・田村亮さんの事件が新しい展開を迎えた。地上波ではなくネット放送で会見をしたのだ。この結果一気に「吉本興業がテレビと組んで情報を隠蔽しようとした」という構図が生まれた。会見の時点で「テレビはどう解決するんだろう」という興味があった。

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だが、この件の推移を見ていて「本質的な問題」は解決しないんだろうなと思った。ここでいう「本質的な問題」とは芸人と事務所の雇用問題や近代的なマネジメントである。また吉本興業が反社会勢力とどのように決別してゆくかというコンプライアンスの問題も「本質」である。ハフポストはその「本質」が改革されることを期待した記事を書いている。だが、日本ではこうしたドライな本質はフィクションでしかない。

代わりに日本人が本質だと考えているのは情緒的な村落のつながりである。人々は口々に昔のように丸く収めてほしいと主張した。全ての関係が丸く収まれば昔どおりにテレビを楽しめるのにと考えてしまうのだ。ビジネスインサイダーは大阪のテレビマンが昔を懐かしむ様子をウエットな「本質」を伝えている。

テレビ局はこのウエットな「本質」を捉えてコンテンツの保護を計画し、潜在的なリスクを抱えることになった。

当初は「ネットで会見をした!これは画期的だ」と興奮した。だが、よく考えるとAbemaTVはテレビ朝日との関係があり、テレビ朝日はアメトーークを抱えている。さらに現在(2019/7)の吉本興業の株主構成は次のようになっている。テレビ朝日も株主として「利益共同体」に入っている。

株式会社フジ・メディア・ホールディングス / 日本テレビ放送網株式会社 / 株式会社TBSテレビ /株式会社テレビ朝日ホールディングス / 大成土地株式会社 / 京楽産業.株式会社 / BM 総研株式会社(注)/株式会社テレビ東京 / 株式会社電通 / 株式会社フェイス / 株式会社ドワンゴ / 朝日放送株式会社 / 株式会社三井住友銀行 / ヤフー株式会社 / 大成建設株式会社 / 岩井コスモホールディングス株式会社 / 株式会社MBSメディアホールディングス / テクタイト株式会社 / 松竹株式会社 / KDDI 株式会社 /
三井住友信託銀行株式会社 / 株式会社みずほ銀行 / 関西テレビ放送株式会社 / 讀賣テレビ放送株式会社 / 東宝株式会社 / 株式会社KADOKAWA / 株式会社タカラトミー / 株式会社博報堂 / テレビ大阪株式会社 / 株式会社博報堂DY メディアパートナーズ / クオンタムリープ株式会社

今回、テレビ局は「かわいそうな芸人」と「隠蔽会社」という構図は作ろうとしているようだが、かといって吉本興業が抱える社会問題には触れない。それを解決するのは「社内の人間関係だ」というのだ。

今回伝えられているのは、岡本社長にも宮迫博之さんにも「人望のある」松本人志さんの介入だ。彼が、岡本社長から芸人を預かり新しい事業会社なりディビジョンを作ることで、社内のマネージメントシステムや意識を改革することなく「改革した」という雰囲気を作ろうとしている。社内の組織改革で人間関係を一新するのは行き詰まりつつある会社ではよくあることだ。AERAは次のようにまとめている。

松本は、吉本興業の中に「松本興業」のようなものを作って、宮迫や田村らを引き取りたいと提案したことも明かした。会社側も「受け入れてくれた」としている。明石家さんまも同じような提案をしていたという。

松本人志の爆弾発言で吉本社長会見へ「全部わかると、何だったかとなりかねない」(関係者)

吉本興業は芸人を「従業員ではない」として雇用主として保護していない。契約も口頭によるもので明確ではないから裁判で業者側(つまり芸人)が権利保護を訴えることもできないる。派遣される職場であるテレビ局と事務所は資本関係がある。派遣のもっと悲惨な形式であるわけだ。さらにグッズの権利を曖昧なまま吉本興業が独占的に扱える共同確認書という「よくわからない書類」へのサインも求められているという指摘もある。この記事の中では「地位の優越を利用した独禁法違反なのでは」という指摘までされているがテレビ局はこうした事情について触れることはない。

先月末の段階で、筆者はこの一件が吉本興業の体質からなる構造的問題だと指摘した(「吉本芸人の『闇営業』を生んだ構造的問題」2019年6月26日)。ギャラが低く、マネジメントは機能せず、契約書もなく、実質的に移籍の自由もない──この問題は現在もまだ解決の糸口が見えない。

【独自】吉本興業「共同確認書」の中身とは──コンプライアンスの問題を抱えているのは誰だ?

それでも、文書で契約は作らず、問題の総括もせず、人間関係でなんとかすると言っている。

日本の組織はこうして内向きになり現実への対応能力を失ってゆく。そしてそうした対応能力を失った会社に多額の税金が吸い込まれる。その意味ではこれは政治問題でもある。この件が「松本人志さんの尽力」で丸く収まってしまうと問題解決はさらに難しくなるだろう。

安倍政権は大阪で芸能事務所を味方につければ選挙対策になると考えたのだろう。安倍首相を新喜劇に登場させたりした。若者対策の一環だという観測も出ている。一方、吉本興業側はクールジャパンの一環として政府が100億円を出資する「ラフ&ピース マザー」へ参画する。もともと暴力団と関係があった企業が「日の当たる場所」に出ている。

今回の吉本興業の件は相撲協会内で暴力事件が多発しそれを防ぎきれなかった相撲協会に似ている。国やテレビ局との関係が強まると社内のガバナンスがおろそかになる。つまり本来の収益源を大切にしなくなるのである。それは明らかな衰退の印なのだが組織はそれを改善しない。そして変化は外から訪れる。次第に新しくて面白い競合が出てきて彼らは徐々に忘れられてゆくのである。

宮迫・田村会見で明かされたのは、吉本興業が「闇営業した」企業のスポンサーがかつて吉本興業のイベントにも出資していたという「好ましくない」つながりである。松本劇場でうやむやにされかねないのは実はこの反社会勢力との関係であり税金投入先として吉本興業がふさわしいのかという問題なのである。

テレビ局はジャーナリズムではなく利益共同体としてこの問題をなかったことにしようとしている。そしてそれを可能にするのが「いろいろあったけど雨降って地固まったね」という日本式解決法なのだ。

だが、視聴者や納税者たちがそれでいいやと感じるならそれでもいいのかなと思う。衰退を直視せず、変化を望まず、お笑いで視線をそらし続けるというのもそれはそれで選択肢だからである。ただ、相撲がそうだったように吉本興業は度々コンプライアンス上の問題を引き起こすことになるだろう。

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