「共謀罪」が自民党、公明党、維新の会の多数派で議決されようとしている。国連の人権専門家が「これはヤバいんじゃないのか」という懸念を表明したのだが、菅官房長官は「指摘は当たらない」と一蹴した。よく考えてみればこれは変な話だ。
頭の体操として「やっぱりこの法案はテロを防ぐためにあるのだ」と信じてみよう。そこで、国連が調査を委託している人物から質問が来た。頭の良い官僚が考え抜いた末の法律なのだから、当然法案の作成過程にはさまざまな議論があったはずで、それを整理しさえすれば国連報告者の懸念は払拭できるだろう。
だが日本政府はそれをやらなかった。つまり、何も考えていない(あるいは考えている過程を他人に説明できない)ことを国際社会に白状してしまったのだ。今報告者は英語で「日本政府は全く懸念に答えなかった」と触れ回っている。これは考えもなしに自国民の人権を蹂躙しているというのと同じことである。
東京新聞によると国連報告者の疑問点は次の3点でなんら不思議なものはない。
- 何が計画や準備なのかがはっきりしないので、恣意的に運用される可能性がある。
- テロとは関係のなさそうな犯罪が対象になっている。
- 令状主義の徹底など対抗策が含まれていない。
が国際社会が懸念するのは安倍首相とその政権ではないだろう。多分、彼らは「日本人はこんなめちゃくちゃな法案を信任して何も言わないのはなぜだろう」と考えるのではないか。つまり、外国に行った時に「日本人は人権意識がない国民だ」と受け取られることになるだろう。ちょうど、中国人を見て「この人たちは民主主義を知らないからなあ」と哀れむみたいなものだ。
なぜならば日本は民主主義国家なので、自分たちの政権は自分たちで決められるはずだからである。しかし、特段抗議の声が上がらない。つまりそれは受け入れているということなのだ。
自民党が狂っているのはもはや疑いようがないわけだが、民進党も共謀罪成立の共犯だろう。民進党は幾つかの点で共謀罪の成立に協力している。
第一に「表向き反対」してみせることで、懸念を持っている人が「何か成し遂げた」気になってしまうという点である。もし、政党が反対を表明せず、学者たちだけが騒いでいれば「自分たちも声を上げないと大変なことになってしまうのでは」と思ったのかもしれない。が、民進党が何か「言ってくれている」おかげで、自分たちは観客席に座っていてもよいような気分になっている。考えてみればこれはとても皮肉なことである。民進党はガス抜きに使われているのだ。
次の点は抑止策が提案されなかったという点である。もちろん共謀罪などない方がよいわけだが、与党が作ると言っている以上、権力の暴走を抑止する対抗手段が必要だ。このブログは「国会でチェックする機能を作るべきだった」と提案したのだが、国連報告者ケナタッチ氏は「令状主義を徹底させる」ということを提案しているようだ。これは検察に抑止の役割を担わせるということだろう。民進党は海外の人権の専門家たちと共同して抑止のための手立てを作るように与党に圧力をかけるべきだったのだろうが、不勉強な民進党はそれをやらなかった。多分、自分たちが「提案型政党」であることを信じてはいないのだろう。
最後に民進党は実はテロの恐ろしさがよくわかっていないのではないかと思われる。ヨーロッパではテロが頻発して大勢の死者が出ている。歴史的に語られるような事件が毎年のように起きて、その度に死者の数が増えてゆく。だが、最近では数が多すぎて単に円の面積で死者を比較するようになってしまった。国民のプライバシーを侵害して内心を探ったとしてもこうしたテロは防げない。却って政府の人権弾圧はやけになった人を増やすだろう。
ケナタッチ氏は日本の刑法も研究し、人権が蹂躙されている国の事情も見ているのだろう。もし仮に私人であったとしてもその意見は傾聴に値する。つまり、この法案はテロ防止の法案ではなく、自国民の人権を蹂躙するための法案であるということは明白だ。さらに国連に発言権を持っており、この人のいうことを聞く人がたくさんいるということも考えておいた方がよいだろう。
政府の人権問題というと日本人のことばかりを考えてしまうのだが、実際には滞在ステータスが不安定な外国人はもっと不安な状況に置かれることになるだろう。欠陥のある日本の刑法で不当に裁かれた人たちが騒ぎ出せば、もうこれは立派な国際問題なのだ。
ここで国際世論を味方につけるて、日本を訪れる外国人の信頼を確保するためには、こうした党派性を持たない識者と協力して野党が国際社会に訴えるべきなのだろう。しかし、いわゆる「野党4党」の人たちの抗議はどこか芝居がかっていて真剣味が足りない。政権奪取のために騒いで見せているようにしか見えないのだ。が、今からでも遅くないので国際社会との連携を強めるべきである。