このエントリーではなぜアメリカ合衆国は崩壊に向かいつつあるのかについて分析する。根本原因は中間所得者層の没落と不満だ。
きっかけになったのはエマニュエル・トッド氏と池上彰氏の対談だ。ロシアが勝利しアメリカ合衆国とヨーロッパが負けつつあると分析している。ここから、まず欧米が共通して所得・資産格差問題に直面しつつあるのではないかと考えた。
ChatGTPに聞いてみたところ、アメリカ合衆国の資産格差のグラフの在りどころを教えてもらいヨーロッパと比較してみたのだが実はヨーロッパとアメリカでは全く構造が違っている。アメリカは1950年代から庶民が強かった時代が長く続いていたのだがレーガン政権時代にこれが逆転している。
アメリカ合衆国の所得格差の図表はWIDというウェブサイトで確認できる。1950年ごろからボトム50%の所得が拡大し1980年ごろから急降下している。トップ1%の資産シェアが拡大し中間層(中間40%)が没落してゆくのがわかる。この状況はPew Research Centerの中間所得者層の没落について扱った記事とも整合する。この研究は1971年と2023年を比較している。
1950年代から1970年代にかけては「ゴールデンエイジ」と呼ばれている。ヨーロッパと日本の生産設備が破壊され、アメリカ合衆国の製造業が強い時期だった。富裕層の最高税率は極めて高く所得が富裕層に再配分される仕組みが整っていた。アメリカ合衆国の参戦軍人の数は1500万人程度(資料によって上下する)でありこれらの軍人を再教育し市民生活に戻す必要もあった。
ところが日本やヨーロッパの工業が立ち上がるとアメリカの製造業が持っていた比較優位性は薄れる。また中東戦争を通じて石油価格も上昇した。このためアメリカ合衆国は比較優位性を失いスタグフレーションに陥ってゆく。
レーガン政権はスタグフレーションを解消するために「小さな政府・減税・規制緩和」を実現した。と同時に最高税率を引き下げて富裕層有利の状況を作り出した。これは世界中のマネーを引き寄せることになりスタグフレーションの解消につながりはしたが、製造業やサービス業などに従事する中間所得者の没落につながった。2019年のビジネスインサイダーの記事は超富裕層さえ今の状況はおかしいと感じていると指摘している。額としては巨額だが率としては中間層よりも低い税率だというのだ。
この逆心的な状況を作り出したのがレーガン政権だった。「トリクルダウン」という理論が持ち出され正当化が図られたが、結果的に資産が資産を産む状況が生まれ「富裕層から中間所得者層へのおこぼれ」はそれほど行き渡らなかった。
ここに文化的要因が加わる。中間所得者層が豊かになるにつれ、コツコツと何かを製造して蓄財するという真面目さが失われていったという。つまり過度な成功が拝金主義につながりレーガン大統領の政策を正当化した可能性がある。
エマニュエル・トッドはこれをアメリカの三重苦モデルで文化的に説明しているそうだ。NOTEにブックチャンネルという記事がありChatGPTで参照されている。
このノート記事は「トランプ政権においてロシアに対する対抗政策は変わらないだろう」とするトッドの分析を載せている。一方で池上彰との対談でトッド氏はこの予想が外れたことを認めている。トランプ大統領がプーチン大統領にすり寄ったことはトッド氏にとってはかなり意外だったようだ。別のブックチャンネルの記事では「アメリカはニヒリズムに陥っている」と整理しており、池上彰氏との対談でも同じ主張をしているようだ。
カトリック教国フランス出身のトッド氏はヨーロッパ発展の原因はプロテスタントだとしている。そしてそのプロテスタント性の喪失こそが現在のヨーロッパとアメリカ合衆国の凋落を生み出したとする。プロテスタントは勤勉なエリートを生み出すが、宗教的使命感が消えて仕舞えば単なる傲慢なエリート主義に陥るだろうという主張になっているようだ。
こうなると「堕落したエリートの自由主義」と「権威主義に守られた平等」の二者択一になり、結果的にロシアが勝利するであろうというのがトランプ大統領の主張である。
この理屈は奇妙見えるかもしれないのだが、トランプ大統領が持つプーチン大統領に対する憧れを説明することができる。ロシアや中国は伝統的に強い指導者を是認する文化だ。つまりロシア人も中国人も「フォロワーシップ」を持っている。しかしながらトランプ大統領はおそらくアメリカを権威主義国家に作り替えることはできない。アングロサクソンは個人主義文化だからである。トランプ大統領はアメリカ文化をアングロサクソン文化から権威主義的文化に作り替えることはできないだろう。
文化的にはゴールデンエイジからアメリカの勤勉を重んじるプロテスタント的伝統は忘れ去られはじめていたことがわかる。ただしアメリカ人はこれを自覚しておらず「ゴールデンエイジと同じ通商条件と文化条件が戻ってくれば問題は解決するであろう」と考えているようだ。
確かに今のトランプ政権の主張には「白人・キリスト教」主義があり、ラストベルトに産業を戻すべきだという主張も入っている。その意味では彼らのいうMake America Great Againとはゴールデンエイジへの回帰と捉えることができるだろう。
ここまで考えると「この対決は大きくなりすぎた富裕層と没落した中間層の戦いになるのではないか」と思えるのだが、そうなっていない。アメリカの中間所得者層はお金や資産に対する憧れが極めて強く「反富裕層」にならない。つまりすでに勤勉さを忘れてしまった人たちということになる。
池上彰との対談の中でエマニュエルトッドは極めて興味深いことを言っている。J.D.ヴァンス副大統領はヨーロッパ(特にヨーロッパのエスタブリッシュメント)に対する恨みを持っているという。彼は自分達の出自を呪いつつ白人中心の社会に回帰させようとしている。
アメリカの中間所得者がなぜ没落したのかという原因を内省することなく「誰かのせいだ」と言い続けてきたことで、内部に矛盾を内包した極めて奇妙な回帰運動が誕生したことになる。またトランプ大統領も本質的には強い権威主義に傾倒しているようにみえる。ところがアメリカ合衆国にはこのような権威主義が根付く土壌はないため、この試みは失敗することになる。
本来、アメリカの中間層は富を独占する富裕層を攻撃すべきだ。だが中間所得者は富裕層に対する憧れがある。このため敵意を付け替え2つに分解した。
1つは自分達の中にある高いスタンダード(意識高い系(WOKE)と呼ばれる)やヨーロッパの官僚主義であり、もう1つが製造業を奪ったアジアの国である。1980年代には日本が攻撃され現代では中国が攻撃されている。
トランプ大統領が仮に没落した製造業地域を救いたければウォール・ストリートを破壊して基軸通貨の地位を放棄した上で(交換が容易な基軸通貨には需要があり従ってドル高になる)製造業国家を目指さなければならない。その意味では「アメリカの一極支配」を内部から破壊していることになる。しかしながら長く混乱した旅の果てに彼が行き着いたのが「アメリカで根付くはずもない権威主義」志向だった。
エマニュエル・トッド氏はそれまでの西欧の政治をマクロン化という言葉で説明しているようだ。ロシアで使われている言葉で「何かしゃべりまくっているが、なにも語っていない」という意味なのだそうだ。バイデン大統領の主張も「マクロン化」の一つだろう。
この言葉による煙幕が突破されたため、ベッセント財務長官は富裕層に対する潜在的な敵意を中国に付け替えることでソフトランディングさせようとしている。日本との通貨交渉においては1ドル120円あたりを目指していると考えられている。
仮にこの目標を財務省・日銀が受け入れれば「金利正常化」によって多くの日本企業が倒産するであろう。しかし日銀の政策誘導は石破総理の政策とは切り離されているため「選挙を経ない」通貨操作は可能かもしれない。ただ、民主党政権時代の為替は円高容認とされ1ドル90円でも介入は行われず、一時は1ドル75円台にまで上昇した。この時にアメリカは製造業大国になれただろうか。答えはノーだ。
さらに皮肉なことにトランプ大統領は不動産業者だ。つまり資産が資産を産むという1980年以降のレーガノミクスに乗った人でもある。
ここから、トランプ大統領が「政策」を実現しようとすればするほど内包された矛盾が露呈しアメリカ合衆国は大混乱に陥るであろうということだけがわかる。
ただ、この矛盾は今になって湧き上がってきたものではないトランプ政権だけでなくオバマ・バイデンと言った民主党政権も基本的には同じ問題意識を持っていた。
根本の問題が「勤勉なアメリカ(トッド氏のいうところのプロテスタンティズム)」意識を取り戻すことであると考えると、バイデン政権もトランプ政権も問題解決ができなかった。
バイデン大統領は富裕層に頼らずに支出を拡大して中間所得者層を助ける政策をとった。しかしバイデノミクスは単にインフレを加速させただけだった。
トランプ政権も「アメリカ人は再び勤勉になるべきだ」とは考えず、関税によりアメリカの国内産業を保護し、FRBのパウエル議長に金利を下げさせようとしている。移民追放も加えるとどれもインフレの拡大要因になる。
その意味ではバイデン大統領もトランプ大統領も実は同じ間違いを犯していると言えるだろう。バイデン大統領はアメリカの間違いを露呈させないように努めてきたがトランプ大統領はもはやこれを隠そうとはしていない。
日本でもトリクルダウンが喧伝されたことがあったが、日本はなぜかアメリカ化しなかった。そもそも日本にもプラザ合意の後に資産バブルがあった。日本人は勤勉さを忘れ超好景気に浮かれ騒いでいる。しかしこの超好景気は定着せず大蔵省通達ではじけてしまった。
これを考えてゆくと「1940年体制」に行き着く。
幅広い社会保障と終身雇用制度である。岸信介に代表される革新官僚たちがマルクスなどを研究し満州で実験した社会制度だった。日本では銃後の備えとして採用され戦後に定着した。これは比較的新しい「日本の伝統」である。
同じWIDのデータを見ると日本はそもそも資産格差の大きな社会だった。ところがGHQはこの体制が日本を戦争に導いたと考えて財閥や大地主などを徹底的に解体している。
現在の日本でも資産格差は拡大しつつあるようだが戦前のような極端なことにはなっていない。
おそらく日本人はあまり意識していないのだろうが、日本がアメリカほどひどい状況にならなかったのは革新官僚のGHQの「社会改革」の影響が極めて大きいのだろうと感じる。
民主的に選ばれた大統領が問題を解決できないとすれば、アメリカが再びピューリタニズムを取り戻すためには、内戦によって徹底的破壊されるかGHQを招き入れるほどの敗戦を経験しなければならないという結論が得られる。
関税によって保護主義化しようが「バイ」の交渉による通貨是正でドル安を達成しようが、アメリカ人がそれだけで勤勉さを取り戻すとは思えない。おそらく「話がが違う」と考えて、さらにFRBなどに頼ることになるだろう。その結果起きるのは悪性のインフレ(景気後退を伴えばスタグフレーションと呼ばれる)だけである。
エマニュエル・トッド氏はもともとアメリカ第一主義に懐疑的な左派の日本の知識人に人気がある。ただ、アメリカやヨーロッパのエリートを軽蔑している。このため保守の日本人にはエマニュエル・トッドは受け入れたくないという人もいうだろうが、基礎になっている人口動態に基づいた冷静な分析には説得力があるといえる。ただカトリックとプロテスタントという例えはキリスト教と英米文化に馴染みのない日本人にはなかなか理解が難しいかもしれない。
とくに最も好戦的なスターマー英首相とマクロン仏大統領の言動は予測不可能です。自国の大統領と長年敬意を抱いてきた英国の首相にこんな言葉を用いるのは悲しいことですが、バカの言動は予測できないのです。歴史の素養も、経済の知識も、的確な現状分析も持ち合わせておらず、明らかにロシアのエリートより知的に劣っている。
エマニュエル・トッドが分析するトランプ「関税報復合戦」の行く末 「憎悪が原動力の保護主義では……」(文春オンライン)
Comments
“なぜアメリカ合衆国は崩壊に向かいつつあるのか” への2件のフィードバック
大局的なご見解に、目から鱗が落ちる思いです。米国の中間層が没落した要因の一つは、勤勉さを尊ぶ価値観が失われたからだったのですね。
文春の記事も読みました。なまじ「基軸通貨ドル」という最強の「天然資源」があるものだから、優秀な人材が金融や法律ばかりに集まってしまうとのこと。日本の大学入試で、理工系の学部より医学部の偏差値が高いことと同じ構図であると感じます。そういえば、米国人の8割は国内に製造業の仕事が増えることに肯定的だが、7割以上はそこで働きたくないという記事を最近読みました。
先進国で少子化が問題になるのも、現下の世界情勢にも関わらずS&P500が大きくは下がっていないのも、もしかすると、世界中の多くの人々(私も)から勤勉さが失われた結果に過ぎないのかも。
明白な弊害があっても、民主主義国家において、社会の仕組みをつくりかえることは難しいけれども、アルゼンチンは成功事例になるのかもしれません。
コメントありがとうございました。イアン・ブレマー氏はkleptocracy(盗賊主義)という言葉を使って同じような説明をしています。ただ「欧米の堕落はロシアに敗北するであろう」という悲観的な予言ではなく、最後にはアメリカ人が立ち上がって抗議の声を上げるだろうという結論になっています。