国務省というとわかりにくいが要するにアメリカの外交を束ねる省庁だ。この国務省にリストラの噂がありルビオ国務長官が否定する騒ぎになっている。アメリカ合衆国は世界の警察をやめると言われているが、軍隊だけでなく外交でも「自由主義を守るために前面に出て戦う」のをやめてしまうようである。
中に無限匹の猿が無数のタイプライターを使ってという表現があり国務省の混乱ぶりがよくわかる。こうなるとアメリカ合衆国は外交交渉どころではなくなるだろう。
石破総理大臣の関税に対する曖昧な対応についての記事の中で「石破総理と野田佳彦代表のあいまいでちゃらんぽらんな対応のお陰で日本がアメリカの本質的変化に気が付かずにすんでいる」と分析した。仮に日本人が戦略的思考を持っていれば本当のことを知っていた方がいいとは思うのだが、おそらく日本人には無理だ。
だったら何も知らない方がいいだろう。この文章を読んでも他言無用に願いたい。
仮に野田佳彦代表が「正しく」この問題を突いてしまうと日本は収拾不能な大混乱に陥ることは明白だ。幸い日本人には養老孟司氏が「バカの壁」と表現した正常性バイアスが強く働いている。知らない方が良いことも世の中にはたくさんある。
アメリカ合衆国ではかなり深刻な変化が起きている。
既にヘグセス国防長官は国防費を5年間に渡り8%づつ削減すると表明している。複利で減ってゆくと最終的に65%程度になる計算だ。ヘグセス国防長官はFOXニュースの司会者上がりでトランプ大統領への忠誠心が何よりも大切という人なので無理難題を国防総省に押し付けかねないところがある。
ところがルビオ国務長官はそうではない。狂った一座の「正常な座員」でいるためには過度なお芝居が要求される。現在はトランプ大統領に代わって「ヨーロッパとウクライナが早く和平交渉に応じなければウクライナから手を引く」と強く主張していた。
Bloombergが興味深い記事を書いている。「トランプ米政権、国務省の大規模な再編・削減を提案-大統領令草案」という英語の抜粋記事だ。
草案では、国務省をインド太平洋、中南米、中東、ユーラシアの4つの地域局に再編する。また、具体的な数は明記されていないが、サハラ以南のアフリカにある「必須ではない」大使館および領事館が複数閉鎖される見通しだ。
トランプ米政権、国務省の大規模な再編・削減を提案-大統領令草案(Bloomberg)
ポリティコは少しトーンが違っている。今出回っている文書がトランプ大統領の計画を反映しているかは確認できないとした上で「官僚主義削減の動きに神経を尖らせている」としている。
The speed at which the document circulated among diplomats over the weekend — real or not — speaks to how on-edge State Department officials are over the fate of their agency amid the Trump administration’s drive to drastically slash government bureaucracy.
‘Bonkers crazypants’: American diplomats shaken by reports of possible cuts(Politico)
その上である匿名の外交官は「この草案の内容は実現不可能である」と言っている。英語が読める人はその味わい深さをじっくり鑑賞していただきたい。「猿にタイプライターを与えたらもっとマシな提案になっていただろう」といっている。無数匹の猿に無数のタイプライターとは「デタラメ」の高級な表現である。
The diplomat added: “There’s a lot that could be reformed, but you could give infinite monkeys infinite typewriters, and they would come up with something better than that.”
‘Bonkers crazypants’: American diplomats shaken by reports of possible cuts(Politico)
トランプ大統領の政策はさまざまな「仮説」をちゃんぽんに混ぜたものである。ちゃんぽんと表現したのは「悪酔いを誘う」というニュアンスを含ませたかったからだ。
この中に
- アメリカを大陸型の国家に戻そう
- 18世紀型の製造業・通商国家に戻そう
という主張が含まれる。
最初の構想は北米を一つの自活圏としてヨーロッパなどから独立させるというものであり、次の構想は連邦政府の役割を縮小し関税により賄える程度に小さなものにしようという内容。
このため、日本人がトランプ政権の狙いを理解してしまうと自動的に日米同盟を維持する意欲がないと気がついてしまう。ただし現在は石破総理も野田代表もこの問題に戦略的なアプローチは行っていないため日本人がこの変化を自覚することはない。あとは思い込みと正常性バイアスで「これからも昨日と同じ日米同盟が続くはずだ」と考えていればよい。
しかしながら、実際の国防総省リストラ案を見ると「世界の警察としての必要経費」は削減し「自活圏を防衛するために国境警備を優先する」という内容になっている。この自活圏から非キリスト教・非ヨーロッパを排除しようという考えには最高裁判所も概ね理解を示しているようである。
しかし伝統的共和党タカ派であるルビオ氏はこの考え方に必ずしも納得していないようだ。トランプ政権がアメリカの世界的役割を見直しているという「事実」をフェイクニュースであると攻撃している。
トランプ政権には中国を敵視しアメリカ合衆国を製造業国に戻したいナバロ上級顧問やヨーロッパのエスタブリッシュメントを敵視するバンス副大統領のような人たちがいる。
その一方で既得権を守りたいベッセント財務長官やルビオ国務長官のような人たちもいて「狂ったお芝居」を続けながらもなんとか内部から抵抗を試みているようだ。
狂ったお芝居をしている人たちは外向きにはトランプ政権の主張を外国に知らせる役割を担っているのだが、内向きには「無限匹の猿が無限のタイプライターで出力した計画=つまりランダムなデタラメ」を処理する必要があり、おそらくいかなる経済・外交交渉も不可能な状況にあると言ってよい。
アメリカ国務省はこのアイディアに賛成するとかしないとかいったレベルではなく「一体何をどうすればいいんだ」という混乱状態に陥っているようだ。まさかアメリカ合衆国のようなちゃんとした国でこんなことが起きるはずはないと思う人もいるかもしれないが、百数十年ぶりの高い関税を発動することで明日にもアメリカに製造業が戻ってくると信じている人たちが政権立案しているのだから「猿のタイプライター状態」になっているのはおそらく間違いがないのだろう。
ただこうした状況が日本の通信社から発信されることはなく「知らぬが仏」という状況が続いている。