曲芸的なプロレスが終わり予定調和的に予算が年度内成立した。
一方の政治とカネの問題には折り合いがつかなかった。
片山さつき氏がネット番組ReHacQに出演し自民党がどうやって支持を取り戻すのかについて語ったがMCの二人は呆れ気味だった。
ReHacQでは西村博之氏が「わかっているのに行動に移せないのはなぜなのか?」と盛んに質問をしている。非常に興味深い投げかけである。
野党は対立構図を示し自民党から距離を起きつつ参議院選挙を有利に進めたい。しかし思いのほか自民党が揺れておりこのままでは予算が成立しないかもしれないという想定外の事態に見舞われていた。これを巧みな協力により回避し戦後異例の2回修正を経て年度内に無事に予算が成立した。与野党の巧みな曲芸的予定調和だった。
やればできるもんだと妙に感心させられる。
一方で政治とカネの問題については結論が出なかった。実は自民党・公明党・国民民主党の間には合意が成立している。しかし国民民主党には「自民党に協力するよりは対決姿勢を見せたほうがトク」という意識が働いているのだろう。
今、日本は「凋落している」事になっているが、問題に対する解決策は見つからない。このような閉塞状態に置かれると中居正広氏とフジテレビ問題で見たように日本人は「誰が悪いのか」と考えるようになる。誰かを吊し上げることで「問題解決」に代えるのだ。血祭りにあげられた人たち以外は責任を取らずに済む。
日本の場合はこれが自民党ということになりつつある。さらに自民党の中でも「総理・総裁」などの幹部が責任を取らされる可能性が高い。だから誰も総理・総裁にはなりたがらないし問題解決に協力する政党も出てこない。
日本が「凋落」しているのは自民党政治の「せい」であって、その根幹にあるのが「昭和的金権体質」の自民党政治であるという理解が広がっているのだろう。
石破総理はこうした金権政治とは無縁のところにいたと考えられていたのだが、実はその一部だった。このため石破総理の不支持率がじわじわと上がっている。一種の「がっかり感」が支援者たちの間に広がっているのだ。こうなるとやはり自民党を惨めな野党の地位に転落させるのが良いのではないかということになる。そして自民党はそれに抵抗するためにますます「かばいあい」の防御態勢を固める。
一方で野党はこれを利用して自民党の勢いを削ごうとする。NHKの日曜討論で小泉進次郎氏は「野党は自民党の勢いを削ごうとしていて、このままではつぶしあいに陥る」と言っている。
次世代の政治がどうあるべきかという目的ベースの議論は一向に行われない。これも中居正広氏とフジテレビ問題に共通している。
現在の政治の問題に細分化した官僚機構が国家的戦略を打ち出せなくなっているという問題がある。このためには官僚機構に変わるシンクタンクが必要となり誰かがお金を出してそれを作らなければならない。自民党の片山さつき氏がReHacQに出演しシンクタンクの問題も話し合われているが片山氏の分析はどこか評論家的で二人のMCを呆れさせていた。
この中に興味深い問いかけが出てくる。
プログラマー出身の西村博之氏が「今のプログラムは日本を縮小させる方向にデザインされている」と指摘する。プログラムが総デザインされているのだからアウトプットがそうなるのは当たり前だという主張だ。
片山さつき氏もそれはわかっている。ところが西村氏と西田氏がいくら「行動に移すべきだ」と言っても片山氏から積極的な発言は出てこない。
西村氏は「こうすればいいと思っているのになぜやらないのですか?」と問いかける。そして「それができないのはディプステートなり財務省なりの陰謀論的なにかがあるのか」と質問を重ねる。
一方の片山さつき氏は「ネットで火がつけば棚ぼた式に政治的なプレゼンスが得られるのだろう」という期待があるようだ。番組の後半ではやたらと西村氏に「どうやったらバズるのか」を聞きたがっており、両者の会話は噛み合わないまま終わった。
なぜ、両者の会話は噛み合わないのか。ここにも中居正広氏とフジテレビの問題からヒントが得られる。フジテレビでは日枝久氏という「中空」を置くことで意思決定の問題を解決していた。
戦前の日本には天皇という裁定者がいた。また戦後はGHQが裁定者だった。ところが現在の議会制民主主義にはこの裁定者がいない。おそらくは「長老」と呼ばれる人たちが裁定者になっていたのだろうが「政治とカネ」の問題で派閥構造が崩壊している。
おそらく現在の自民党にはこの中空構造に守られた裁定者がいないのだろう。このため片山さつき氏は「ネット民」の裁定を得ることで自民党でのプレゼンスを獲得したい。
しかし、ネット民が求めるのは「自分たちの意見を聞いたうえで自分たちとってより良いアイディアを出してくれる」リーダーである。
そもそも現在の日本が本当に「凋落しつつある」のかはよくわからないが、それでも「誰かが責任を取って吊し上げられるべきだ」という空気は高まっている。一方で「何が正しいのか」を自分たちで考えて行動するリーダー気質を持った政治家がいないくなっており中空構造も破壊されつつある。
こうなると政治家は誰もが本当に空洞になってしまった壊れた神殿に向かってひたすら叫び続けることになる。誰も信仰しなくなってしまった神殿に置かれているのは古びた鏡だけである。
これが現在の日本の政治が置かれた現状なのかもしれない。
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