トランプ大統領とゼレンスキー大統領の会談が決裂した。トランプ大統領がヨーロッパの掲げる防衛の枠組みから排除されることを意味すると同時に、今のアメリカ合衆国が価値観どころかそもそも感覚すら共有していないことがよくわかった。
今回の会談決裂はプーチン大統領にとっては非常に好ましいチャンスとなり米・欧・日と中・ロという対立構造は今後大きく変化するかもしれない。
アメリカ国内では全体主義化の流れもありアメリカ合衆国は「価値観を共有できる国」ではなくなりつつある。
トランプ大統領とゼレンスキー大統領の交渉が決裂した。ゼレンスキー大統領はこの戦争を祖国防衛と位置づけているがトランプ大統領はディールとしかみていなかったことが一番の要因だろう。
トランプ大統領の主張は一貫している。
これはカジノで行われるポーカーのようなものだ。参加者は掛け金を持っていなければならず掛け金がない人はカジノに足を踏み入れるべきではない。ゼレンスキー大統領はカジノで暴れているホームレスのような存在なのだから排除されなければならない。こうした価値観は地中海のリビエラ構想にも一貫している。ラスベガスにカジノホテルを持つトランプ大統領らしい世界観といえるだろう。
ナチス・ドイツによるチェコスロバキアの解体を容認したことで第二次世界大戦に突入した苦い歴史を持つヨーロッパはこれをカジノとは思っていない。また3年物長い間、血の犠牲を払ってきたウクライナ人を代表しトランプ大統領に謝罪するわけには行かない。
ヨーロッパでは今後ゼレンスキー大統領を放逐するかそのまま支援し続けるかという選択を迫られることになりそうだ。ロンドンでスターマー首相が主催する会議が行われることになっている。
トランプ大統領はゼレンスキー大統領が謝罪するまでアメリカの支援を行わないと予想されているため慌てたルビオ国務長官はウクライナに謝罪を要求している。
ウクライナが謝罪してくれなければ今回のディールを安全保障と切り離そうとしてきた彼の努力は水の泡となり共和党タカ派としてのキャリアにも大きく傷がつく。ボルトン氏は「今が辞め時だ」と発言している。これ以上トランプ政権に関われば彼のキャリアに取り返しがないダメージがもたらされるだろうというのだ。
これはNATOが欧と米に分離する危機である。ロシアは大喜びしているだろう。情勢の変化を受けてどのような軍事作戦を展開するのかに注目が集まる。仮に被害が拡大すればアメリカとヨーロッパの亀裂は決定的なものになるだろう。
と同時にこれはアメリカがヨーロッパ防衛の枠組みから排除されることも意味している。仮にプーチン大統領がカジノマニアであれば「プーチン大統領とウクライナをかけたギャンブルをやればいいのではないか」と思える。
だが、おそらくそうではない。
プーチン大統領は民主主義を脅威だと感じている。東ドイツでの苦い経験を抱えているからである。このため民主化要求の強いウクライナをなんとか懐柔しようとしてきた。しかしベラルーシのようにはいかずクリミア半島の併合を皮切りに軍事併合路線に舵を切った。
プーチン大統領は民主主義陣営を無力化しロシアの影響力を増大させたいという気持ちがある。彼は民主主義という不確実な体制を許容できない。トランプ大統領は彼の戦略にとってのコマにすぎないといえるだろう。ヨーロッパではすでに「笑うのはプーチン大統領だけ」という指摘が飛び交っているとBloombergは書いている。
得るものが多いプーチン大統領はトランプ大統領らの「言葉」を研究し語りかける。結果トランプ大統領「プーチン大統領こそ平和を望んでいる」と金切り声でメディアに主張するまで洗脳されてしまった。プーチン大統領に影響されているというメディアの指摘は「決めつけ」であり自分は平和を望んでいるだけだというのだ。彼が叫べば叫ぶほど「ああ、おかわいそうに」ということになる。
今回のディールはゼレンスキー大統領が価値が疑問視されている鉱物資源の取引をトランプ大統領(当時は候補)に持ちかけたところから始まっている。ゼレンスキー大統領はもともと喜劇役者であり「シナリオを書くのはお手の物」だったのだろう。祖国防衛のために必死になっていると評価することもできるが詐欺的側面は否定できない。トランプ大統領はディールの天才どころかこのスキームに危うく乗りかけたという側面がある。
しかし役者としてのゼレンスキー氏は一流ではなかった。最後のクロージングのところで怒り出してしまいシナリオを台無しにしている。
しかしながら、トランプ大統領の方が傷が深かった。トランプ大統領は戦争の反対は平和ではなく「金儲け」だ。しかしその金儲けのイメージは地中海のリビエラ構想でわかる陳腐でグロテスクなものである。また、彼はグリーンランドやパナマの所有権を主張するという「モノポリー」のようなゲームを展開したがっている。
おそらく最も重要なのはトランプ大統領を支持するアメリカ人も少なくないという点にあるだろう。
アメリカ人は長い時間をかけて世界に対して繁栄の魅力を信じ込ませてきた。それは日本人にとっては、GHQが持ってきたチョコレートの甘さであったり、コカ・コーラという薬のようなだがもう一回飲んでみたくなるような謎めいた飲み物に象徴される。また戦後に流れたアメリカ制作のテレビ番組では「普通の市民の暮らし」が盛んに宣伝されていた。それは日本人には手に届かない、だがいつかは叶えてみたいような夢の暮らしだった。
このアメリカが培ってきた「ソフトパワー」が持っていた憧れという価値が今一人の男によってブルドーザーのようになぎ倒されている。