高齢化が進むフジテレビ幹部は河田町時代の栄光を取り戻すべくバラエティ偏重路線を走っていた。これが局内倫理を崩壊させ経営危機を引き起こしている。4月改編期に向けて営業は混乱することが予想され、報道は「お前の社長はカメラを入れなかったではないか」と反論されることになるだろう。ついに1960年代・1970年代から続いている老舗番組にも影響が及び始めた。伝統ある番組に携わっていたスタッフたちはかなり苛立っているのではないだろうか。
1974年から放送が始まっていた「くいしん坊!万才」が放送休止になるという。一社スポンサーであるキッコーマンの要請によるものとされている。またシオノギ製薬も1964年から続いていたシオノギ・ミュージックフェアから会社名を外すように求めている。シオノギ・ミュージックフェアはカラー放送が始まる前から放送されており、民放でレギュラー放送されている最古の音楽番組なのだそうだ。伝統番組を守り続けてきたスタッフたちの憤りは相当なものなのではないかと思う。
フジテレビはシェアの縮小が続いているが、幹部の高齢化が指摘され新しい時代にふさわしいビジョンを示すことが出来なかった。そんな昭和型高齢幹部が考えついたのが「かつてのスタープレイヤー」を社長に引き戻すことだった。しかしこの決定が却ってフジテレビの経営を崩壊させることになった。
そもそも「笑い」は社会規範に挑戦したり息苦しさを覚えた人たちの逃避場所として機能している。旧来型のお笑い芸人たちはこのことをよく知っていた。
笑いの規範を社会に直接接続させてしまうと社会規範を崩壊させてしまうため「限られた場所と時間」で行うのが通常だ。社会と笑いの空間を区切るのが劇場と舞台幕である。宮廷道化師のように「宮廷」という限られた場所で機能するお笑い芸人もいる。
フジテレビの失敗はフジテレビが「笑い」というものの本質を見失ったことを意味しており、社会学的にはそれほど考察する余地のないありふれたつまらない失敗と言える。
公共の電波の使い方に関しても議論が必要かもしれない。公共電波は限られているため公益を最大限に活かす使い方が求められている。一方で、フジテレビのような反動特集団は公共の電波を正しく活用することが出来ないのは自明だ。
停波してしまえ!という乱暴な議論もあるが、日本版の「フィンシン・ルール」を検討すべきという識者もいる。フィンシン・ルールはアメリカ三大ネットワークの寡占化を恐れた米連邦通信委員会(FCC)が一時採用していたルールだ。このルールによってエンターティンメントの制作が報道と切り離されテレビ局とテレビ制作会社(ハリウッドに多く集積している)の分業化が進んだとされる。
ただしQuoraで議論してみると慎重論も多い。もともと日本人は変化を提示されると「ちょっと待てよ」とブレーキをかけてしまう人が多い。加えて「世論が一方こうに傾くことで議論が流される」ことに対して本能的な嫌悪感を持つ人も増えているようである。斎藤元彦知事にまつわる報道を引き合いに出し「何でもかんでも空気で議論するのは良くないのではないか」とする人が一定数いた。新聞やテレビの地位が相対的に落ちることで「大人たちが勝手に騒いでいる」と感じる人が増えているようだ。
一方でフジテレビの報道が他の会社を報道するように自分たちの会社を取材すべきなのではないかとする意見には反対が少なかった。日本の組織は自己改革が苦手で正当化を図る傾向がある。しかし日本人はどちらかというと「内部で自発的な改革が進む」ことを期待するようだ。
結果的に一度始まった崩壊は止まらず行くところまで行くのかもしれない。
この崩壊を経験しているのがTBSである。TBSは1996年に筑紫哲也キャスターから「TBSは死んだにひとしいと思う」と報道社としての死刑判決を受けている。このような内部告発が出来たのはTBSが外部出身の筑紫哲也氏に強い編集権限を与えていたからだった。今回在京民放キー局の中では最も取り組みが早かったが過去に崩壊の危機を迎えていたからこそ今回の対応が早かったと考えられる。
村上総務大臣が独立性の高い調査を求めたことから、フジテレビは第三者委員会方式での調査に傾いているようだ。調査が進む間は内部報道による経過調査は行われないだろう。
「ACジャパンの保険」が効くのは3月までだろう。この間に4月以降のスポンサー獲得の協議が行われるはずだが、おそらく信頼回復とスポンサーの再獲得は間に合わないかもしれない。
冷静に考えてみれば、もともとは中居正広さんという1人のタレントの引き起こした案件だった。なぜここまで騒ぎが拡大したのかと不思議な気持ちになる。
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