ジョージ・オーウェルの「1984年」にイングソックとニュースピークという概念が出てくる。英語から政治批判ができる用語を取り除き原理的に政治批判を防止するのである。
現在のトランプ政権でも同じようなことが起こりそうだ。
記事は「トランプ次期米政権、LGBTQなど「政府用語」も変更か」というREUTERSのもの。アメリカ合衆国ではMETA社がファクトチェックを中止したり、各企業が多様性推進プログラムを取り下げたりしている。今や民主党政権時代の人権重視の姿勢は「意識高い系」とみなされ揺り戻しの動きが起きている。
もちろん、この動き自体を「民主主義」の成果だと肯定的に捉えることはできる。そもそもアメリカ合衆国の民主主義には実験的要素が強く過去にも強い揺り戻しをなんども経験してきた。
理想や正義という言葉は使っている人には心地よく感じられる。しかしそこに滴を向ける人は大勢いる。
日本でも多様性を推進する民主党の姿勢には強い敵意が向けられた。多様性について行けないサイレントマジョリティたちは自分たちの苛立ちを言語化することさえできず鬱屈した感情を蓄積していった。特に蓮舫氏の「二位じゃだめなんですか?」などという発言が敵視されていた。これは発言そのものに対する敵意ではなく「自分たちより下に置かれるべき女が何を偉そうに」という反発だったのだろう。
そもそも「自分の気持をきちんと言語化できる」だけで恨まれることになる。リベラルの人たちも「受け手の気持ちに配慮して問題解決を進めるべきだ」という教訓が得られる。
ただ、今回の言葉刈りが本当に「健全な民主主義の結果なのか」については非常に疑問が残る。
第一次トランプ政権で行われた同様の動きについてこんなコメントが出ている。そもそもコトバがなくなればそれについて考えることもできなくなるだろうというのは「1984年的発想」と言える。
民主主義の基本原則を逸脱している。
ゲルケ氏と同僚がまとめた2018年の報告書によると、第1次トランプ政権は政府ウェブサイト上の気候変動に関するコンテンツを削除、もしくは目立たないようにしたり、気候変動の国際的な義務に関する情報を消した。
トランプ次期米政権、LGBTQなど「政府用語」も変更か(REUTERS)
「問題を指摘できる情報を取り除くことが、目的の一部だったようだ」とゲルケ氏は言う。
当初問題を「意識高い系の対するサイレントマジョリティの反発であろう」と捉えた。しかし「そもそも問題をなかったことにしよう」と言う動機があるとすると話は全く違ってくる。
かつて白人・キリスト教という強い基盤があったアメリカ合衆国は今大きな変化にさらされている。かつてのような「安定」を取り戻したいと考える「多数派」のアメリカ人のなかには「そもそも多様性という概念がなければ問題そのものが取り除かれる」と感じる人がでてくるのだろう。アメリカ合衆国は「自分の気持を言葉にして伝えるのが重要」な社会だが、それでも反発が起きるのだ。
アメリカ合衆国では「国民のキリスト教会離れ」と「福音派を中心にしたメガチャーチの台頭」が同時に起きている。一旦伝統から切り離されたうえで極端な宗教思想が浸透するという原理主義化が起きているのだ。こうした人達が極端でまとまりがないSNS言論にさらされているのだと考えることができる。またイスラム教徒にも同じようなことが起きている可能性がある。ニューオーリンズ襲撃犯は私生活が行き詰ると同時に「信仰を深めて」いったとされているのだが、なぜかモスクではなくISISに傾倒していった。
こうした状況が直ちに日本でも再現されるとは思わない。しかし日本でも同じようなテレビと新聞の地位の低下が起きているのは事実だ。
日本のテレビやネットでは盛んに「トランプ氏の逆鱗に触れないようにするためには個人的な関係を築く事が重要」と語られている。おそらく今後4年間の国際社会では「理想のための協力」という概念は日本でも抑制的に語られることになるだろう。
トランプ氏と個人的な関係を取り結ぼうとして世界からはトランプ氏の就任式に向けて空前の寄付金が集まっているそうだ。
Comments
“言葉がなくなれば問題はなかったことになる トランプ次期政権の言葉狩り” への2件のフィードバック
トランプ政権が近づくにつれて、政治献金やメタ社のようなトランプを怒らせないような経営方針の転換(DEIの撤回など)が増えてきていますね。今のアメリカのようなことを中国やロシアでやったら、欧米や一部の企業は批判することが想像しやすいですが、今回のアメリカにおいては、欧州もご機嫌取りをしていますね。このような現状を、元々欧米諸国に対して反感を持っている国が見たら、さらに欧米諸国に対して反感を強めるのではないかと思ってしまいます。
アメリカに反感を持っている国よりも「アメリカの出方がわからないから軍事的侵攻を控えてきた」国のほうが厄介かもしれないですね。そしてその国の間で右往左往する国はものすごく面倒な状況に置かれると思います。