トランプ次期大統領が記者会見を開き今後の方針を国民に説明した。グリーンランドとパナマ運河の獲得に対して「軍事力の行使の可能性を排除しない」と言ったことが話題になっている。この話を聞いたときには一瞬感情的に反発したのだがしばらく考えてみて考えが変わった。
アメリカ合衆国が長年持っていた力による現状変更を認めないとするドクトリンを放棄したと考えるのが妥当だと思う。
ただ今後の日本への影響がわからない。感情的な混乱と負担増の不満が自民党政権を崩壊させる可能性もあるが、日本人お得意の「見たくないことはスルーする」が発動する可能性もある。
まず報道を見ていない人のために何を言ったのかをまとめる。控えめに言ってめちゃくちゃだ。
- デンマークがグリーンランドを持っている意味がよくわからないとしたうえで、グリーンランドはアメリカが管理すべきと主張。
- パナマ運河は中国に支配されていると根拠のない主張をしアメリカが管理すべきだ主張。
- カナダはアメリカの51番目の州になるべきと主張
- メキシコ湾はアメリカ湾と改称すべきと主張
- デンマークとパナマ運河に関しては軍事力の行使の可能性を排除しない方針でカナダには経済的圧力を強めるとしている
- このために大統領が関税を武器にできるような「経済緊急事態」という法律を推進する
トランプ氏はこれまでも経済と安全保障を「まぜこぜ」にすることで知られていたが二期目はもっと踏み込んで領土的野心を顕わにした。
カナダはトルドー首相が退任する。トルドー首相は「カナダがアメリカの51番目の州になる可能性は「ほとんど」ない」と言っている。しかし自由党は新しい党首を選ぶためトランプ次期大統領に近い人が首相になる可能性はある。また10月20日までに選挙が行われる。イーロン・マスク氏がヨーロッパの政治に介入し始めている。カナダ政治にも介入し「カナダのアメリカ編入」が政治的に議論される可能性はある。
グリーンランドはデンマーク領だが民族的には本土とのつながりが希薄だ。独立要求はあるがデンマーク経済に依存しているため「独立できない」という現状がある。つまり今回のトランプ氏の提案がグリーンランドの独立要求を加速させる可能性がある。グリーンランドは一旦独立してからアメリカ合衆国と自由連合のような協約を結ぶ可能性があるということになる。場合によってはグリーンランドが自発的にアメリカの準州(プエルトリコのような状態)を選ぶ可能性もある。
正常性バイアスが強く働く日本では「トランプ氏の言っていることは所詮ハッタリだ」と考える人が多いようだ。おそらくトランプ氏は領土的野心というよりは「不動産の買収」のような軽い気持ちで発言しておりこの指摘には一定の妥当性があるだろう。
しかしながら、ヨーロッパを中心に現在の状況が第二次世界大戦前夜に似ているとする論調があるようだ。ナチスドイツの領土拡張主義に容認姿勢を見せたヨーロッパとロシアのウクライナ侵攻を容認しつつあるアメリカ合衆国が重なって見えているようだ。トランプ次期大統領が十分な抑止力を準備せずロシアを許容すればロシアは力を蓄えて再びウクライナを侵攻するかもしれない。
このためヨーロッパの首脳は一斉に今回のトランプ氏の動きと強力な支援者であるイーロン・マスク氏に強い拒絶姿勢を見せている。イーロン・マスク氏に対する反応は別のエントリーでまとめたい。
- 独首相、トランプ氏の発言に反対姿勢 グリーンランドなど巡り(REUTERS)
- グリーンランドは米国州にならず=デンマーク外相(REUTERS)
- 仏外相「EUは領土への攻撃容認せず」 グリーンランド巡るトランプ氏発言で(REUTERS)
これまでもトランプ次期大統領はロシアの拡張主義を容認するのではないかと考えられていたがまさかアメリカ合衆国自身が「不動産獲得競争」のようなノリで軍事力を使った領土獲得の意欲を表明すると思っていた人たちは多くなかっただろう。
このドクトリン放棄はロシアの拡張主義を刺激すると同時に、中国の軍事拡張主義に容認のシグナルを送ることになる。つまりバイデン大統領のアフガニスタン撤退がロシアのウクライナ侵攻を引き起こしたのと同じ状況が生まれつつある。
アメリカの戦後ドクトリンの放棄は当然「パックス・アメリカーナ」を前提としてきた自民党の統治の正統性に深刻なダメージを与えるだろう。モデレーションと対話なきネット世論がこの構造を理性的に理解しようと務めることはないだろうが「世論の感情的動揺」が広がることは十分に予想できる。ただ、日本人は「嫌なことはできるだけ考えないようにする」で乗り切るのが得意だ。嫌なことは考えず単に岩屋外務大臣をいじめるくらいで終わる可能性もある。
森山幹事長の「財源なき……」で書いたように、国民は自民党の求める負担増要求に感情的な反応を見せている。仮にトランプ次期大統領が日本に「応分以上の負担」を求め、なおかつ石破総理大臣(ただでさえ支持率が低い)がそれを飲んでしまったときのことを考えると「おそらく参議院選挙は乗り切れないだろうなあ」と言う気がする。
バイデン大統領の感情的で偏った決定によって最もトクをしたのは今でも世界シェア50%を超えるとされる中国の製鉄産業だった。今後は安全保障においても同じような動きが加速する可能性がある。
中間所得者の没落によってアメリカの政治は混乱状態に陥っている。すでにこの混乱はカナダの政治を混乱させているが日本もおそらく「対岸の火事」とは言い切れないのではないか。
Comments
“トランプ次期大統領の「軍事力を排除せず」の持つ意味” への2件のフィードバック
トランプ次期大統領のグリーンランドとパナマ運河の獲得は、想像ですが外交として行っておらず、企業買収みたいな商売の感覚で行っているんじゃないかと思います。一企業のCEOよりもアメリカの大統領は、巨大で大量の資産を持ち、優秀な人材も豊富だし、軍事力も使え、普通だったら逮捕される様な無茶な行動が、権力で逮捕されずに出来るので、本人はとても楽しく「商売」が出来ているのでしょう。
トランプ次期大統領は不動産屋さんなのでニューヨークの土地を買うみたいな感覚なんでしょうね。ただ、不動産売買のために「街の顔役」に「ちょっと相手を脅かしてやれ」とほのめかすのと常任理事国の軍隊を動かすのでは、全く意味合いが異なります。