ReHacQsに奈良県の山下知事が出演し杜撰な箱物行政の現状を説明していた。いつもは舌鋒鋭く出演者を追い詰めるひろゆき氏と西田教授だが今回はその役割を十分に果たせていない。山下知事の紹介する事例があまりにもひどすぎて誰が考えても事業を進めることなど難しいとわかるからである。むしろ二人は笑ってしまっていた。
このケースは奈良県の行政がおかしいという問題として議論することもできるが「地方が都市の金をどう盗んできたか」がわかる事例でもある。単に盗んだだけならまだ話は簡単なのだが、そこに「いつかは都会のようになる」という夢をくっつけているため話は余計混乱しややこしくなる。
政治家が票欲しさに売り込んだ「夢」が厄介なのだ。
奈良県は近畿圏にある自治体だ。人口は130万人を割り込んだところ。大阪や京都とは山で区切られており小さな谷から外に出ることができる。ただこの盆地は奈良県北部にあり中部・南部は京阪神から切り離されている。今回問題になっているケースはいずれもこの中部・南部にある開発から取り残された自治体だ。
山下知事は桜井市のフランス料理大学校、五條市の滑走路計画、三宅町に作られる予定だった奈良県の新しい工業大学などについて説明している。
まず滑走路計画だが朝日新聞の過去の記事によると次のような内訳になっている。
- 用地買収(すでに取得済み)36億円
- 毎年の草刈り費用 1億円
- 今後の事業計画費 720億円
事業として正当化できないため南海トラフ地震対応(つまり国土強靭化だ)との名目にした。土地を収容して数十年かけて谷を埋めれば単純な土木作業で地域に仕事が分配できるということだったのだろう。中にゴルフコースが含まれておりゴルフ場を別の場所で開業できるだけの補償が必要だったそうである。しょせんそれも「他人のカネ」だ。いいから払っちまえということになったようである。
もう一つの計画が三宅町に建設されるはずだった新しい工業大学だ。こちらはAbemaTVで記事を見つけた。
- 用地買収 37億円
- 新しいキャンパスを建てるために400億円から500億円の追加費用がかかる
こちらは元地権者から「新しい大学が作られて地域が発展すると聞いた」として「騙された」という声が上がったそうだ。この「騙された」というのがこの話の最も厄介な部分だ。
五條市の計画でも「防災拠点が作られて地域が発展すると聞いた」とする声があったそうだ。つまり、政治家たちは「新しい拠点が作られて地域が潤う」という夢をつけてプロジェクトを売っているのである。
すでに事業が始まっている学校の名前は「なら食と農の魅力創造国際大学校」というそうだ。夢がいっぱい詰まった素敵な学校名だ。「大学校」は「文部科学省以外が所管になっている」学校を指すという。世間一般に大学信仰があるため「専門学校」というよりも見栄えがいい。ただし山下知事によると大阪の料理専門学校から先生を招いて授業をしているそうである。つまり教育内容は大阪の料理専門学校と変わらずしたがって20名の生徒が集まらないことも多いという。どうせなら大阪のほうが楽しい学生生活が経験できる。
- 民間の事業はまず収益性を考えてからコストを計算する。
- 公共事業はまず費用を算出し「このお金さえ支払えば奈良県も東京や大阪のように発展する」と説明する。
普通に考えると「おじいさん、おばあさん、あなたがた騙されていますよ」ということになる。だが、日本の高度経済成長期にはそういう事が起こり得た。特に都市部近郊は黙っていても農地が住宅地になり、一夜にして大金を手に入れた人達が大勢いる。いつかは自分たちの町や村にも同じような幸運が訪れるかもしれないと待ち望みそのまま年老いて朽ち果ててゆく集落が日本各地にはいくらでもある。今回出てきた事例は奈良県桜井市、奈良県五條市、奈良県三宅町だ。北部の開発から取り残された地域である。
ではこのような無駄遣いはなぜ正当化されてきたのか。
ReHacQsの中では奈良県の納税者が奈良県政に興味がないという事情が語られてきた。大阪府に通勤する人が多く人口も県北部に偏っている。おそらく「こうした無駄なお金は保育所の整備などに回せますよ」という提案が政治の側からない限り「そもそも税金がなんのために使われているのか」など考えたこともなかったという人たちが多いのだろう。自分たちの生活が豊かになるかもしれないと言われないと気付けない有権者が大勢いるということだ。
つまり、無駄の背景にあるのは公共に関心がない現役世代の有権者・死ぬまでに発展を見てみたいと考える高齢の有権者・そこに群がる政治家と関係者ということになる。
ReHacQsの中で語られてこなかった問題もある。
実は地方は東京などの都市部から「仕送り」を受けている。他人の金だから使い方が杜撰になるという側面もあるのではないかと思う。
令和4年度の国税・都道府県税・地方税の割合は次のようになっている。
- 国税が63.4%
- 都道府県税が17.2%
- 市町村税が19.4%
しかし実際には国税の15%程度は地方に割り戻されている。これが地方交付税交付金だ。地方は収入の半分以上を国の仕送りに頼っている。
また、地方交付税、地方譲与税及び地方特例交付金等を国から地方へ交付した後の租税の実質的な配分割合は、国45.5%(同43.3%)、地方54.5%(同56.7%)となっている。 なお、国税と地方税の推移は第21図のとおりであり、地方税は平成24年度以降増加傾向にある。
地方財源の状況(総務省)
また地方税だけでみても東京都への大きな偏りが見られる。これは2007年の情報だ。日本は東京が高い山になっているので全体が沈み込むと東京だけが浮き上がってみえるのだ。
しかも、税収全体の4割に過ぎない地方税収が、都市圏、しかも東京都に偏りすぎているいった傾向がみられ、地方税自体の配分を見直すべきという意見も強い。そこで、地方税収の地域別割合を、県民所得や人口、事業所数など、地域の経済力を測る上でのいくつかの指標と比較してみると、地方消費税は民間最終消費の都道府県間の支出割合とほぼ同程度となっているのに対して、個人住民税は県民所得の都道府県間の割合に比較して、若干都市圏においてより多く徴収されている。
第2章 第2節 4.偏在のみられる地方税収(内閣府)
つまり話を総合すると次のようになる。
すでに地方は自分たちで自分たちの暮らしを賄えなくなっており都市からの仕送りに頼る状況だ。しかし仕送りは「所詮他人のカネ」なので大事に使おうとは思わない。様々な「紐付き」になっていることもあり何かしらの理由をつけて都市からの仕送りに依存するようになった。
そのためには中央とのコネがある運輸省(今の国土交通省)や自治省(今の総務省)官僚経験者を引っ張ってきて県知事に据えるのがいい。
この地方交付税の状況を勉強したあとで「都市からの仕送りの使い道だ」と考えて見直すと余計腹が立つという人も多いのではないだろうか。
民間でこんなことをやれば詐欺だが民主主義のプロセスに則ってやれば詐欺にならない。おそらくこの手のプロジェクトは他の道府県でも大なり小なり行われているのではないかと思う。
ReHacQsは山下知事の問題を見つけられなかったようだが知事にも問題はある。
土地をすでに取得しているために何らかの新しい事業を行う必要がある。だが、知事は弁護士出身であり実業家ではないため新しい事業を見つけられない。結果的に五條市にはメガソーラーを作ることにしたそうだ。プロジェクトを中止することはできるがそれに代わる新しいアイディアは生み出せないということになる。
維新がリベラルから敵視されていることもあり、このメガソーラー計画は「環境破壊だ!」と問題視され一時期Xではそれなりに盛り上がっていたと記憶している。
地方行政の杜撰さは都市住民から「盗まれた」金で成立している。こうした事情を知って人は「なぜ都市の人は怒らないのだろうか」と不思議に思うのではないか。
だが、今すぐ地方財政改革を行うべきだというデモは見たことがない。日本はフランスのように財政キャップがかかっているわけではないので地方の無駄遣いがそれほど響いてこなかった。ただ、じわじわと負担は増え続けている。現在の状況は緩やかな搾取だと思うのだが生まれたときからこういう状況にいる人達は意外と気が付かないものなのかなあなどと思ったりする。