ルーマニアで大統領選挙のやり直しが決まった。泡沫候補とされていた候補に「ロシアのバックアップ」が見つかったためとされている。だが内容を読むとやや「国策捜査っぽい」印象がある。
これを巡って日本のネットでも是か非かの議論がある。斎藤元彦知事の再選と結びつけた議論が行われているためである。当事者たちは冷静な議論など求めていないので分析などどうでもいいのだろうが、とりあえず分析してみたい。
いわゆるオールドメディアがどう「世論誘導」しているのかがわかる良い教科書にもなっている。
まず斎藤元彦氏を巡っては「オールドメディア」と「SNS世論」という対立構造がある。この問題を取り上げている紀藤弁護士は「人権派=リベラル」なのでSNS世論からは嫌われている。
紀藤弁護士が引用している読売新聞には書かれていないことがある。マスコミが伝えない真実があると言うやつだ。ただしGIGAZINEは書いている。GIGAZINEはルーマニアインサイダーを引用している。またフィナンシャル・タイムズもこれについて扱っている。
現在疑惑を持たれているのはボグダン・ペシル(Bogdan Peșchir)というルーマニア人だ。
暗号資産によるマネーロンダリングに関わった容疑も持たれているようである。TikTokに多額の寄付をしており(つまり有料広告もあったようだ)インフルエンサーに多額のカネを支払っている。
ルーマニア警察はペシル氏の違法行為を重く見ており「ジョージスク元候補の支援者」として拘束している。また別の支援者たちはジョージスク氏に対して否定的な発言をする人たちのリストを持っていたそうだ。否定的な支援者たちを脅迫していたらしい。
だが、読売新聞はどういう理由かこれを書いておらず、したがってジョージスク候補が直接買収したと読み取れる構造になっている。「書かない」ことで伝わることもあるということだ。
統領選を巡っては、11月24日の1回目投票の公平性が損なわれたとして、憲法裁判所が6日、やり直しを決定した。情報当局などが公開した文書では、ジョルジェスク氏は選挙活動費をゼロだと申告していたが、100人以上のインフルエンサーが宣伝に関与し、報酬として計約38万ドル(約5700万円)が支払われた。ジョルジェスク氏に関係するアカウントは約2万5000に上ったとしている。ジョルジェスク氏はこうした指摘を否定している。
フォロワー5万人のインフルエンサー「報酬もらった」…ルーマニア大統領選巡り「関与を後悔」(読売新聞)
読売新聞を読んでこのような指摘をする人もいる。インフルエンサーではなく「サクラ」が機運を盛り上げたというのだ。日本の公職選挙法に当てはめたときに厄介になるであろう複雑な構造がよく分かる。
紀藤弁護士が構造を知っているのか知らないのかはわからない。
しかし、やはりSNSは危険なところであり斎藤元彦氏の選挙もやり直したほうがいいのではないかという論を組み立てたくなる。また紀藤弁護士を敵視する人たちも情報リテラシーを持っているわけではないのでほのめかすように嫌がらせを書くだけで焦点が全く定まらない。
だが実際の報道を見るとルーマニアは候補を否定するために資金提供をする人を支援者と決めつけたものの「実際にその結びつき」が証明されたわけではない。おそらくなにの見返りもなしに支援するはずないではないかとの見込みで逮捕している。当初からこの線で憲法裁判所の判断が下ったようだ。
やや強引な国策捜査という印象だが当然ルーマニアにはルーマニアの事情がある。
特殊事情はロシアの脅威だった。モルドバでも同じような手口が使われておりヨーロッパの他の国にも飛び火しかねないとの指摘がある。憲法裁判所がどのような理由付けで選挙無効を判断したのかはわからないが、必ずしも法的な整理だけであったとは言えないのではないかと思う。
しかしながら本来はボグダン・ペシル氏とジョージスク氏の直接のつながりが見つからない限りはジョージスク氏がロシアの影響を受けたとは言い切れないはずだ。また、ペシル氏とロシアに関係があったとしても証明できるかは難しい。暗号資産によるマネーロンダリング資金が使われているとなると証明はかなり厄介だろう。ルーマニア・インサイダーという英語紙によると現在ジョージスク氏とインフルエンサーには税務当局の捜査が入っている。
実は同じことが日本でも言えると気がつく。
斎藤元彦氏の選挙の無効を訴える人は「二馬力選挙」という。つまり立花孝志氏が斎藤元彦氏の協力者であるという前提をおいている。だがこれを本気で証明することは極めて難しいだろう。立花孝志氏は別の選挙に出ており「やっぱりパワハラはありました」などと言っている。
現在の公職選挙法は当事者と支援者を取り締まることはできる。しかし第三者(それが善意であれ、悪意であれ、たんなるお金儲けであれ、愉快犯であれ)を取り締まることは想定されていないのではないかと思う。
繰り返し書くように「仮に陰謀論的つながり」がすべて証明されたとしても有権者たちは強制されてジョージスク氏に投票したわけではない。ルーマニアでは憲法裁判所が関わり脱税捜査まで行われる騒ぎになったため「ジョージスク氏に賛同したわけではない」とびっくりしている人もいるようだ。お小遣いをもらって税務申告しなかったという人もでてくるかもしれない。しかし「良いことか悪いことかはわからないがルーマニアには変化が必要だったのではないか」という人がいることは確かである。
これがネット時代のやっかいなところだ。直接結びついていない人たちが一見結びついているように見えるだけでなく「受け手」がそれを受け入れない限りはキャンペーが成立しないという事情がある。政治・企業・社会システムに対する懐疑心は「放火」に燃料を与えるのだ。
確かに選挙に対してSNSを規制することは可能だろうが候補者でも支援者でもない第三者をどう「取り締まるか」を議論しなければならないだけでなく、外国との関係まで心配しなければならない。
ただ議論を見る限り参加者はそれほど本気ではないのではないかと思う。単にどっちかの陣営について「ワイワイいいたいだけ」である。つまり仮に日本の選挙がルーマニアやモルドバのように外国からの干渉を受けたときには自己解決は難しいのだろうなあという気がする。特に立花孝志さんのような「愉快犯的な人」が絡むと話はさらにややこしくなるだろう。