イドリブ県から出発した反政府軍がアレッポを制圧したとされたのが12日前だったそうだ。ついに反政府軍はダマスカスに到着しアサド大統領はダマスカスから姿を消した。つい先程ロシアがアサド大統領と家族の亡命を認め親子二代に渡ったアサド政権の崩壊が確認された。各地では遅れてきたアラブの春を思わせるようなお祭り騒ぎが起きている。
一連の出来事がわかりにくいのは、当事者ほど思い入れが強いからのようだ。
ヨーロッパは反政府軍の主軸であるHTS(旧ヌスラ戦線)をテロ集団とみなしている。一方で長年のアサド政権の圧政を取材してきた人たちは彼らを解放軍とみなす傾向がある。イスラム圏でもイラクの近い人達、原理主義的な統治の可能性を嫌いHTSを認めたくない人たちなどがいて評価が定まらない。
トルコの支援を受けた旧ヌスラ戦線(HTS)を中心とした反乱軍はイドリブ県から出発してアレッポとハマを制圧した。その後シリア政府軍の反撃を受けることなくダマスカスに進軍しそのままダマスカスは「解放」された。シリア正規軍の待遇は悪く士気はかなり落ちていたようである。
アサド大統領は姿を消した。大統領府はアサド大統領は未だダマスカスにとどまっていると発表していたが、フライトレーダーの画像が報道され「どうやら逃げたらしい」ということになった。フライトレコーダーの画像が消えたことで「途中で墜落したのかもしれない」などという情報も出ていたが、先程ロシアが「アサド大統領が家族とともにロシアに到着した」と発表したばかりだ。亡命が成立し正式にアサド時代が終わった。
飛行中の航空機を追跡するフライトレーダーによると、反政府勢力がダマスカスを制圧したと伝えられたころ、シリア航空機がダマスカス空港を離陸。同機は当初、アサド政権のアラウィ派が拠点とするシリア沿岸部に向かっていたが、突然Uターンし、数分間反対方向に飛行した後、レーダーから消えたという。
シリアのアサド政権崩壊、反体制派がダマスカス掌握 大統領は首都離脱(REUTERS)
ロイターは搭乗者を確認できていないが、シリアの情報筋2人は、飛行機が事故に遭った可能性が非常に高いとし、撃墜された可能性もあると述べた。
圧政の象徴だったセドナヤ刑務所は開放され、各地ではアサド大統領の圧政に苦しめられていた人たちの歓喜の声が響き渡った。また世界各地にいるシリア難民たちも喜びの声を上げている。やっと故郷に帰れるかもしれないからだ。アルジャジーラが一連の出来事を伝えている。
ただ今回の解放劇はヨーロッパが望むものにはならなかった。
BBCははHTSの過去の人権侵害の疑いは消えていないと言っている。REUTERSも今後ヨーロッパは政権を承認するかについて判断を迫られるだろうとしている。ヨーロッパとアメリカにとって最もきれいなシナリオは市民によって支持されなおかつ西側の言うことも聞いてくれる「民主的な」政権ができることだったのだろうがそれは叶わなかった。
ただしヨーロッパは「実益」と「建前」を選ばなければならない。現在シリアから国外に流れている難民の数は650万人程度だそうだ。そのうち半数以上をトルコが受け入れており周辺国で80%以上を引き受けている。一方でヨーロッパが受け入れているシリア難民の数は100万人以下である。それでも難民問題はヨーロッパの内政に深刻な影響を与えており難民の送り返しを巡り政権交代が起きた国や極右が台頭した国もある。つまりシリア情勢が解決しさえすれば国内の問題解決の一助となる。
幸い建前を振りかざすバイデン大統領がホワイトハウスを去る。トランプ次期大統領は本気でノーベル平和賞を目指しているとされることもあり「平和に貢献する大統領」とみなされることを望んでいる。このため「シリア情勢に巻き込まれるな」という立場。アメリカ合衆国が介入せずロシアとイランが撤退すればトルコの影響力の下でシリアの再建が行われレバノンにいるヒズボラの影響力が低下する可能性があるということになる。
バイデン大統領は「戦争狂で軍産複合体と一体になっている」という陰謀論が囁かれることがある。おそらく実際には、本音と建前を使い分けることによりアメリカの影響力を維持しようとしている点に問題があったのだと思う。変化する世界情勢を受け入れることができていなかったうえにシグナルが複雑なため各地で混乱を起こしていた。
ある意味アメリカの政治が「発展途上国なみ」になったことでこうした複雑さが解消されたも言える。世界史とは不思議なものだと感じる。
エルドアン大統領が強権的に権力を掌握したトルコでは散発的なテロが起きているが「シリアで訓練を受けたクルド人がトルコを転覆させようとしている」などと説明することがある。一方でアメリカ合衆国はクルド人は民主主義を希求しているとの立場。現在シリアの東部はアメリカ合衆国の支援を受けたクルド人が支配する地域がある。アメリカは民主主義擁護の立場からシリアに拠点を確保している。
日本にクルド系の移民・難民が多いのは日本がアメリカ側の立場に立っているからだ。それでも移民・難民の受け入れには消極的なためステータスが確定せず日本社会に馴染めない人たちが住民といざこざを起こすことがある。トランプ次期大統領の地域への関わり方次第によっては日本のクルド人のステータスにも何らかの変化があるのかもしれない。
アルジャジーラの報道を見る限り「遅れてきたアラブの春」という風情なのだが、アラブの春のあとには大混乱に陥るか軍部主体の政権ができることが多い。民主主義の持つ複雑に耐えられない国が多い。リビアは東西で政府が分裂した状態が続いており、エジプトは欧米が気に入らない軍部主導の政権ができた。しかしながらイスラエル・ガザ問題で欧米はエジプトとも対話せざるを得ない。
数年前までは「民主的な政府でなければ受け入れることはできない」とされることが多かったが徐々に「背に腹は代えられない」という状態になりつつある。
まずシリア西部を統治する政府が作られるのかに注目が集まり、次にクルド人が支配する東部をどう統合するのかアメリカ合衆国がどう関わるのかが問題になる。なおシリアにはロシアの海軍基地権益もある。ロシアは今のところ基地の状況に問題はないとしているようだ。またイスラエルとレバノンの間を隔てるシリア領にはイスラエルが入ったとの情報もある。
シリアを巡る複雑さがすべて開放された訳ではないが、それでも幾分スッキリとしたといえる。