実質的な第三次世界大戦または東西冷戦が始まったと言ってよいかも知れない。
これまでウクライナのみを攻撃対象としてきたロシアは「ウクライナを支援する国はすべて攻撃対象になり得る」とドクトリンを変えた。さらに実験的なミサイルオレシニク(一部ではオレシュニクとも)を投入して「ロシアに逆らったらどうなるか」を可視化している。
退任間近のバイデン大統領の焦りがロシアに「実験」の口実を与えた格好だ。
退任間近のバイデン大統領はトランプ次期大統領が現状を固定したままで戦争を集結させてしまうのではないかと考えた。実際にトランプ次期大統領は「自治区」を提案するグレネル元国家情報長官代行を特使として起用する可能性があるとされている。
アフガニスタンからの拙速な退避からバイデン大統領の「戦略ベタ」はよく知られていた。そして今回の軽率な行動も当然プーチン大統領にある口実を与えることになった。
アメリカ合衆国は戦争終結直前に広島と長崎に原爆を投下した。もともとは対ドイツ用兵器だったとされているが世界に原爆の威力を示すためにはショーケースが必要だった。つまり、戦略的には必要がなかったが「見せしめ」として利用された可能性がある。
もちろん広島と長崎の大勢のなんの罪もない一般市民の犠牲の上に成り立った示威行為であり許されるべきものではないが、結果的に日本は沈黙し世界は原爆の脅威を前提に東西冷戦構造に向けて動き始めた。
今回のケースもトランプ大統領になればウクライナ支援から手を引くことが想定されており普通であれば「新戦力」の投入など必要はない。しかし「ロシアに逆らった国はどうなるか」を見せしめるためには何らかの実験が必要である。プーチン大統領は「実験は続く」と主張している。
プーチン大統領は予定外のテレビ演説で、「オレシュニク」と名付けた新型ミサイルは、迎撃不可能だと主張。今後も「戦闘状況」での使用を含めて、発射実験を繰り返していくと述べた。
プーチン氏、新型ミサイルを「戦闘状況」で使い続けると(BBC)
第三次世界大戦ではなく「終局大戦」と呼ぶべきだという声もあるが人類は終局を避けつつ不毛な対立状態に戻ろうとしているようにみえる。
ではこのオレシニク(BBCはオレシュニクと表記)というミサイルとはどんなものなのか。REUTERSは次のように書いている。
- 中距離弾道ミサイル(IRBM)の射程距離は3000─5500キロ。
- ロシアから発射された場合、欧州全域のほか、米国西部などが射程距離内に入る。
- オレシニクはIRBMでありながらも、核弾頭搭載可能な長射程の大陸間弾道ミサイル(ICBM)のように複数の弾頭を搭載し複数の標的を同時に攻撃できる
プーチン大統領は「迎撃は不可能」としているが西側は迎撃できる装備を持っているとされているそうだ。ただしウクライナには配備がないため今のウクライナは「撃たれ放題」になる。このミサイルをウクライナに打ち込む戦略的必要はない。欧州全域とアメリカ西部をカバーしているという点に意味がある。
ドイツのショルツ首相は連立相手の自由民主党に離反されており総選挙を選択した。今の情勢では下野する可能性も高い。そこで起死回生を狙ってプーチン大統領の戦争終結を訴えた。またG20ではヨーロッパ首脳たちがなんとかして首脳声明にウクライナ情勢を入れ込もうとしていた。
しかしバイデン大統領がATACMSの導入を決めると事態は一変してしまう。ショルツ首相は国内外から批判されることになった。また加盟国の対立を恐れたブラジルのルラ大統領は欧米抜きで声明案をフィックスしてしまいロシアのウクライナ侵攻に関する文言は残らなかった。
舞台裏では、ウクライナや中東での戦争について表現を巡る争いが起きており、これをいら立つ主催国ブラジルのルラ大統領が突如打ち切っていた。このため、特に米国と同盟国には苦い後味が残った。
G20サミット混乱あらわ、トランプ氏復帰前から無秩序な世界浮き彫り(Bloomberg)
それから数時間以内に、ウクライナがロシアによる侵攻以来初めて、米国製の長距離ミサイルでロシア領を攻撃したというニュースが飛び込んできた。ロシアは核による報復の可能性をあらためて警告し、市場を動揺させた。
結果的にバイデン大統領の勇み足はロシアが軍事力を誇示するための口実を与えるだけに終わりそうだ。仮にトランプ次期大統領が事態の幕引きを図ればウクライナは見せしめとしてロシアに利用されただけに終わり領土の一部を半永久的に失うことになるのかも知れない。だが影響はウクライナを越えて広がるだろう。
なお、スウェーデンは徹底抗戦を訴えており国民に対して有事への覚悟を求め始めたが、ハンガリーのオルバン首相はロシアの脅威を深刻に受け止めるべきとしておりEU・NATO加盟国の間でも意見が別れている。
こうなると「ロシアが一方的に勝利するのか」と思う人も出てくるかも知れない。確かにロシアは戦術的には勝利しつつあるように思えるのだが国内の労働力不足が深刻化しているという。ロシアの本当の敵は経済制裁でも西側の軍事力でもなかったといいうことだ。
国民の命を犠牲にして戦線を維持する「肉ひき作戦」で労働力を文字通り「ひき肉化」しているうえに少子高齢化にも悩んでいる。このため「産めよ増やせよ」を国策にし「子どものいないライフスタイル」を宣伝することを禁じた。また外国からの移民受け入れが必要だと訴え始めているそうだ。
このようにロシアのウクライナ侵略は落とし所のないままで誰も幸せにならない状況を作りだす「人類の愚かさのショーケース」になっている。