TBSの夕方のニュース「Nスタ」に元総務大臣の片山善博氏が出演した。テーマは103万円の壁と財源の議論だ。TBSのプレゼンテーションは「国民民主党の言う通りにするとゴミ集収ができなくなり先生が非正規雇用になる」と訴えている。
テレビでは兵庫県知事選で「選挙におけるSNSを規制すべき」と訴えているが実際にはSNSと同じ手法で国民から判断力を奪っている。しかしおそらく作り手たちはその事実に気がついていないのだろう。
今回はこの議論を通じて、曖昧なテレビ報道がSNSの誤情報の要因になっているのかを分析したい。
Nスタによる説明は次の通りだ。国民民主党のせいでゴミ集収ができなくなってしまう!と言ってる。
国民民主党は103万円の壁を動かすことによって手取りが増えると主張している。しかしこの主張を額面通りに実行すると地方税収は大打撃を受ける。特に政令市などの都市部が深刻な被害を受けるだろう。おそらくゴミの収集などが難しくなり教員の非正規化なども進む。他にも弊害はある。国民民主党がなぜ財源を示さないのかはよくわからないがおそらく減税分の成果は経済成長を促すまでにはならないのではないか。試算を出さない国民民主党は極めて無責任な政党だ。
TBSなどの地上波放送は総務大臣から免許を受けている。すでに村上総務大臣が国民民主党の政策に懐疑的なことからTBSが総務大臣の立場をバックアップするのは極めて自然な流れである。
しかしながら手取りアップを願う人がこれを見れば「放送局は政府与党に忖度し手取りアップを妨害している」と感じるのではないか。そもそも「手取りアップも重要ですが、日々の行政サービスも重要ですよね」と両論併記されてしまうと「面倒だ」と判断するのをやめてしまう人がほとんどだろう。
これまでのルールブックに従えば、人々は「判断を停止し現状を追認する」ことになっていた。
ところが、ポスト・トゥルースの現代において「人は信じたいものを信じる」。つまり、ここに「マスコミは既得権維持の道具になっている」という指摘が加わる。これが財務省解体・総務省批判などにつながることになる。
ということで「マスゴミ解体論」を訴えたい人はここでサヨウナラということになる。
当事者の国民民主党(厳密には玉木代表)が出口戦略を探している。まず目処が立ったら出処進退を考えると言っている。いっけん「反省している」ようにみえる。
また玉木雄一郎氏は「ゼロ回答であれば与党と協議しない」と言っている。
玉木氏は「仮にゼロ回答であれば今後、与党と協議を継続することはない」と強くけん制した。
「103万円」一両日がヤマ場 玉木国民代表(時事通信)
時事通信の記者は極めて純真な人たちなのだろうが、当ブログの読者やQuoraのスペースを購読している人はイスラエルの戦術などを見ていることだろう。つまり表現は裏返して検証しなければならないと熟知している。
国民民主党の主張は
- ゼロ回答でさえなければ与党との協議に残る
という意味に取れる。
また出処進退論には2つの可能性がある。
- 当初の約束(手取りの大幅アップ)は達成できないので責任追求ができないように代表を交代する。
- 今はそう言っておいて後のことは後で考える。どっちみち情報は上書きされるのだからきっとなんとかなる。
実際に自民・公明は国民民主党の要求を受け入れ「経済政策に盛り込む」方向で調整に入った。一定の評価を得たから枠組みに残ると言えるような方向で調整が進んでいる。
自民、公明、国民民主3党は19日、政府が月内の決定を目指す総合経済対策に、国民民主が訴える「年収103万円の壁」見直しとガソリン減税の方向性を明記することで調整に入った。
「壁」見直し、明記へ調整 自公国、経済対策で詰め(時事通信)
国民民主党は「手取りアップを願う人たち」から票を貰えればそれでよいわけで、あとは部分連合に入り込み数でまさる立憲民主党に飲み込まれないようにしたい。
そのためには有権者を刺激しないようにメッセージを調整してトーンを変えてゆく必要がある。SNS時代では情報が上書きされるため「どうせそんな昔のことは覚えていない」と考えているのかも知れない。
ただし「国民民主党に賛成」という知事もいる。当ブログでは、そもそも国民民主党の着想は「ブラケットクリープ対策だ」と説明してきた。つまりインフレ対策だった。これを玉木代表が「手取り対策だ」とストレッチしまったのがそもそもの混乱の原因になっている。大野知事は民主党、民進党、国民民主党という経歴の知事だ。おそらく玉木さんが考えそうなことがわかっていて軌道修正を図っているのだろうし、これならば「財源論」を考える必要はない。そもそもとりすぎだからである。
この見直しについて、埼玉県の大野元裕知事はきょう、定例の会見で記者からの質問に、税控除の基準となる金額が物価や賃金の上昇にかかわらず、およそ30年にわたって変わらないことから適切な根拠がない数字になっていると指摘したうえで、「私は103万円の壁を見直すことについては賛成であるし、やらなければならないと考えています」と述べ、賛成の立場を示しました。
「やらなければならない」埼玉・大野知事 「103万円の壁」見直しに賛成の立場も「包括的かつ段階的な対応が必要」(TBS NewsDIG)
一部筋道が理解できている政治家はいるが、大抵の政治家はプロレスなんだなと理解したい人はここまでで読むのをやめてもらって構わない。
さて、ここまで到達した人がどれくらいいるのかはわからないが、最後のセクションになる。
国民民主党は部分連合という言い方を嫌う。これはなぜなのか。閣内にしても閣外にしても政権に入ると総合的な政策に責任を保つ必要が出てくる。
時事通信にこんな記事がある。現在の年金制度を支えるためには増税が必要になるという議論だ。おそらく国民民主党は立憲民主党との差別化のために成果を出す必要はあるが今の政治状況ではどのみち国民に負担を強いる必要があると理解しているのだろう。
当初国は年金を将来の備えと説明してきたがある時期から「仕送り」と言い換えた。さらに仕送りさえも成り立たなくなり「全体として制度を支える」というメッセージに変えようとしている。当然「個人の備えだ」と考えて掛け金を支払っている人は反発することになる。
基礎年金の財源の半分は国費を充てている。給付水準の改善に伴い、国庫負担が最大年2兆6000億円増える見込みだ。安定財源の確保には将来的な増税を検討する必要があり、政府内や与野党間の協議は難航が予想される。
基礎年金の給付水準底上げへ 厚生年金の積立金活用―厚労省(時事通信)
自民党・公明党政権は非正規雇用を促進してきた。これは国民窮乏化政策であると同時に企業の中に蓄積視されていた無形資産である「従業員の中にしかないノウハウ=暗黙知」を奪う役割を果たしてきた。
企業は倒産を恐れて形のある「カネ」にこだわり、本当に金の卵を産む「従業員のノウハウ」を蒸発・揮発させてきた。結果的に国民年金に加入する人が増えるが、単純労働しかできない人たちはもはや国民年金の掛け金すら払えない。こうした人達がすでに高齢者になりつつある。
このままでは福祉給付が膨らみ国家財政が逼迫する。このため企業が出資する厚生年金から「お金を引っ張ってきて(時事通信は「活用」と言っている)」なんとかするしかない。しかしパート従業員の将来負担の一部を企業に追わせても焼け石に水にしかならず、結局最終的には「増税をお願いするしかない」ということになっている。
おそらく国民民主党も立憲民主党も今政権を担当すると「国民に将来負担を追わせる」役割を押し付けられると知っているはずだ。だから政権は担当したくない。
「103万円の壁」の議論を通じて議論の重層性を3層に分解してみた。おそらく多くの人はこのうちのどこかで情報処理が追いつかなくなり「なんかよくわからない」という気分になったはずである。
ここに、外から
- マスコミは総務省と結託して手取りアップを妨害しようとしている
という情報をいれると「ああ議論がよくわかった」という人が出てくるはずだ。
YouTubeやXなどのアルゴリズムでは一度このようなメッセージを「踏む」と次から次へと同じメッセージを読むことになる。そこでこれまでの複雑性が解消されて「ああ!私はすべてを理解した!」という爽快感が得られる。
我々は基本的にこの本能から逃れることはできないのではないかと思う。だから人々はポスト・トゥルースの時代に取り込まれてしまうのだ。
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