中国で無差殺傷事件が多発している。当初日本人の男児が殺害された事件では「反日」が原因となっているなどと言われた。だが実際の原因は急速に冷え込む経済不調だった。
ただしマスコミはこの問題を「中国の体制」と絡めて伝えたがる傾向がある。なんとなくニュースを流し見している人は「中国人もかわいそうだなあ」と思って見ていればいいと思うのだが、マスコミとニュースの関係について知りたい人は「マスコミの扱いはときにいい加減なものになる」と知っておく必要があるだろう。
アメリカ合衆国のニューヨーク市で精神に問題を抱えるホームレスが3人の人を殺すという事件があった。このホームレスは2003年以来フロリダ、オハイオ、ニュージャージーなどの複数の州で問題を起こし有罪判決を受けている。本来ならばどこかに収監されている必要がある人だが野放しになっていた。ニューヨーク市内で殺された3人は別々の場所で刺されている。つまり第一の現場と第二の現場ではだれもホームレスを止めなかったということだ。ニューヨーク市長は「なぜこんな人がふらふらと出歩いているのだ?」と言っている。まさにそのとおりだ。
アメリカでは軽犯罪を犯す人を収容しきれないほど治安が悪化している。だがこれを「アメリカの統治機構に問題があるからだ」と指摘する人はいない。
アメリカ合衆国ではもはやこの手の事件は珍しくない。銃を使った大量殺傷事件が主になっているが、それも最近ではトップニュースにならない。
しかし中国でこのような問題が起きると「中国共産党は統治に失敗している」という扱いになる。井上貴博キャスターは「共産党政権が続く限りこの状況はなくならないだろう」と結んでいる。
BBCも同じような傾向にある。BBCの場合は中国はジョージ・オーウェル的な世界であると想像するようだ。専制主義のもとで人々は抑圧された暮らしを送っているに違いないという決めつけがあるのだろう。
これは果たして、「社会への報復」攻撃という現象なのか――。ソーシャルメディア上で、多くの人がこのことを議論している。「社会への報復」とはつまり、個人的な不満を抱える人が赤の他人を攻撃することで恨みを晴らそうとする行動で、最近相次ぐ無差別襲撃事件はそれが原因なのかと。
【解説】 中国で相次ぐ無差別襲撃、「社会への報復」か 車暴走事件で議論再燃(BBC)
当ブログも含め人々のニュースの扱いには何らかのバイアスがある。このバイアスを自分で認識することはできないので常に誰かと議論しそのバイアスを取り除く必要がある。特に真実が一つに確定されず「複数の真実を確率を添えて扱う」必要があるポスト・トゥルース時代には特に重要な社会活動だろう。
しかしこの活動にはいくつかの障害がある。
第一に「重層的な真実」を扱うためにはある程度の知的能力が必要になる。これを持てない人は「知的差別である」と怒りを感じるようだ。このため小さな間違い(例えば誤字やちょっとした事実誤認)をあげつらいすべてを否定する傾向にある。Xを見ると大半の「政治的議論」はこの類型に当てはまるようで日々不毛なあ争いが繰り広げられている。
文化的な違いもある。中国人は「この手の偏見」に苛立っている。日本語に堪能な人が抗議をしてくることがあるがのだがたいてい「ですます調」になっていない。どういう理由かはわからないが「敬語を使うとナメられる」と考えているのではないかと思う。日本育ちと思われる人にもそのような傾向が見られるので上下関係をパワーバランスとして捉える傾向があるのではないかと思っている。だが日本人は「中国人は喧嘩を吹きかけている」と感じる傾向があり、相互理解どころか相互嫌悪につながる。
最後にこのような問題を扱うと「アメリカを貶めて中国を上げようとしている」と考える人がでてくる。親中・反米というわかりやすい構図で理解しようとする人がいるわけだ。
今回のニュースを理解するうえで「おそらく中国経済はかなり深刻な状態にある」ということは確かだろう。先進国も中国沿岸部のようなかなり発展した地域でも同じような問題が起きていることから、先進地域の中間層は難しい状況に陥っていると考えたほうが良さそうである。
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