TBSのワイドショー「ひるおび」が106万円の壁について取り扱っていた。結論は「手取りの減少にはつながるが長い目で見ればトクになる」というものだった。つまり女性にはたくさん働いて長生きしてくださいと言うことになっていた。
ここでは放送内容よりも放送で言えなかったことのほうが重要なんだろうという気がした。労働生産性を向上させられない日本は「長時間・低賃金労働」で凌がざるを得ない国に変わりつつある。労働者のスキルがたまらないため企業も労働者も知的資産を積み上げて高収益化が目指せなくなる。
どういう理由があるのかはわからないがテレビ局は我が国が抱える基本的な問題をどうしても伝えたくないようだ。
TBSのワイドショー「ひるおび」が106万円の壁について取り上げていた。
- 厚生労働省は106万円の壁と企業の規模に関する要件を撤廃し週20時間以上働く労働者は誰でも厚生年金に加入するような制度変更を検討している。
- これによりこれまで壁直前で労働を抑えてきたパート労働者の手取りは減る。
- しかし、長い時間働くようにすれば(例えばもう一日労働時間を増やせば)トータルでの収入は確保できるであろう。
- また女性は男性より長生きするであろうから長生きさえすればもとが取れる可能性が高い(が、これは試算がでてみないとわからない)
結局よくわからないが「手取りは減るんでしょうが、まあ今の制度にもいいところがありますよ」という中途半端な内容になっていた。国民民主党の牽引により「手取りの増額」が国民世論の大勢となりつつある中で手取りが減る対策は逆行するように見えるが「長期的に見ればお得になる(かもしれない)」ので頑張って厚生年金を収めなさい言う主張だ。世論調査の結果は約6割弱で「厚生年金なら入ってもいい」という結果になっているそうだ。
八代英輝弁護士が「そもそも企業が厚生年金の加入を嫌がって労働時間調整をしたりしないですかね」と呟いていた。「確かにそのような動きはあるようだ」というコメントはあったものの全体としてはスルーされていた。実はこれは重要な指摘である。
このショーの構成から抜け落ちているのは厚生年金制度は将来に対する備えではなく、実質的には現在の逼迫する年金制度を支えるための窮余の策であるという点だろう。つまり現役世代は高齢者の今の生活を支えるために「貢献」を求められているという点からテレビは一貫して目を背けている。できるだけ建設的にプレゼンテーションを終えたいという気持ちがあるのかも知れない。
また「今の計算で行けばトクをする」というのも厳密に言えば誤魔化しである。インフレ率と投資の現在価値の議論がすっぽりと抜け落ちている。ただこれはTBSの欺瞞というよりは「長い間インフレを経験していない」ことから来る慣習的なものかもしれない。実際には年金の持続性が検証されるべきだが、経済成長と金利の関係はかなり複雑で「財政と年金の持続性は両立しない」と言っている人もいる。特に安倍政権下の麻生財務大臣がアベノミクスの議論の中で曖昧にしてきた問題で現在も厳密には解決してない。
だが、それはもはや「最初の問題」でしかない。別の問題に目を転じてみよう。厚生労働省が労働基準法を変えようとしている。柱は二本ある。一つは連続雇用の制限だ。
労働基準法改正に向けた厚生労働省主催の専門家による研究会が、最長48日間の連続勤務が可能となっている現行法を見直す方向で検討していることが11日、分かった。14日以上の連続勤務を禁止する案が軸となっており、残業時間と併せて連続勤務日数も制限することで健康確保を図る。
48日の連続勤務、制度見直しへ 厚労省の専門家研究会(共同)
もう一つが割増料金の制限解除である。現在は「主業と副業」で40時間を超える業務を雇用主が把握し割増料金を支払うことになっているそうだがこの要件をなくす方向で検討が始まった。
詳しい内容は書かれていないが、自分の会社に貢献しているわけでもないのに割増料金を払うくらいなら副業を許さないという企業があるのかも知れない。
1日8時間、週40時間を超えて働いた分に支払う割増賃金の計算で、会社員が副業している場合、本業先と副業先の労働時間を合算するという現行制度の見直しを厚生労働省が検討していることが12日、分かった。副業促進のためとしている。
厚労省が副業促進へ制度改正を検討(共同)
このニュースは共同通信と朝日新聞が扱っている。朝日新聞の記事はYahooニュースに転載されているのだがコメント欄に気になる記述を見つけた。ITジャーナリストの山口健太さんという人が「タイミーはスポットワーカーの54%が正社員との調査を発表しています。」と書いている。
ここからいくつかのことがわかる。
- まず終身雇用制はすでに破綻しており多くの正社員が「スポットワーク」の副業に流れている。
- これらのニュースとは別に「社員から請負(ギグワーク)」という流れもある。
- このため現在の労働基準法もすでに成り立たなくなっている。
つまり、TBSのひるおびはこれらの問題を別々に取り扱うことで106万円の壁の問題を「主婦の問題」にしようとしている。これが意図して行われたことなのかそうでないのかはわからない。
だが例えばタイミーの例からわかることはおそらく今まで正社員と言われていた人たちが正社員のままで106万円の壁の対象者になりつつあるということだ。つまりこれを「主婦の問題」とすると却ってわからなくなる問題がある。
雇用主はおそらくコアの主婦バイトだけを残してあとは厚生年金に加入させない範囲でギグワーカーやスポットワーカーを増やすのではないか。結果的に労働者は長時間労働を余儀なくされることになるがそれを管理する人はだれもいない。
労働者は長時間働く自由だけを与えられる。と同時にスキルの貯まらない働き方は大量の最低賃金近辺労働者を生み出すだろう。
TBSは全体として106万円問題を「主婦のバイト」問題として扱っている。マスコミで働いている人たちの給料は比較的恵まれており「サラリーだけでは生活して行けない正社員」のような人たちが身の回りにいないからかもしれない。
また国民民主党も「賃金を上げるために自民党と交渉する」と言ってはいるが、労働組合の連合が背景にいる。つまりギグワーカーやスポットワーカーには関心を持たない。
更にこれを複雑にするのが学生の問題である。本来学業に専念すべき学生たちがアルバイトなしでは生計が立てられなくなっている。共産党は「企業の扶養要件抵触すること」で家族の手取りが減ることを問題視している。ただし共産党は産業政策を持たないため(何しろ資本家は付加価値を生み出さず搾取する存在だとするマルクス主義を信奉している)付加価値向上を通じて国民生活を豊かにするべきだという発想は彼らからは永遠に出てこない。
ここから浮かび上がってくる問題は非常に深刻だ。正社員の給料が減る。それを補うためにパートに出たパート主婦は働く時間を増やさなければならない。働く時間を増やすと社会保険料の負担を求められる。また子どもたちにも十分な仕送りができないため学生も働かざるを得ない。だが頑張って働くと今度は親の手取りが減らされかねない。
そもそも正社員の労働だけでは暮らしてゆくのが難しいため、国は「もっと長い時間いろいろなところで働け」と言っている。また企業に労働者の労働時間管理をさせることも難しくなりつつあるため「もう管理しなくていい」という方向に制度を変更しようとしている。
日本の政党は終身雇用を前提に作られており(労・使代表と資本主義反対)新しい働き方を代表する政党は作られていない。
背景に終身雇用制度の崩壊という問題があるため、テレビがこれを「正しく」扱おうとすると「問題が複雑すぎて我々にはもうわかりません」としか言えなくなってしまうだろう。おそらくこれがテレビ局が隠したがっている問題なのではないかと思う。
ただし非常に不思議に思うこともある。これらの諸問題を見ると「日本の企業にはお金がないのだな」と感じられる。だが「上半期の経常収支 15兆8248億円黒字 年度の半期で過去最大に」という記事がある。投資による収入増が大きな要因なのだが結局は過去の労働者の蓄積である。
日本が海外との貿易や投資でどれだけ稼いだかを示す今年度上半期の経常収支の黒字額は15兆8248億円と年度の半期としては過去最大になりました。企業が海外への投資で受け取った配当や利子が増えたことが主な要因です。
上半期の経常収支 15兆8248億円黒字 年度の半期で過去最大に(NHK)