今国会で議論されているのはTPPだけではない。年金カット法案も同時に議論されている。年金カット法案は野党側が命名した言い方だ。与党は現役世代の負担を公平に法案だと説明しており、それだけ聞くと「なるほど」と思わせるところがある。
この議論では、物価、賃金、年金がそれぞれ独立の要素ではないということが意識されていないようだ。市場経済では賃金が下がれば物価が下がる。それだけしか支払えないからだ。それを補うためには外国からの爆買いのような手段に頼るしかない。あとは海外からの投資を集めることだが、国内企業すら国内には投資しないので、海外からの投資など集められるはずがない。
現在、物価の下落がそれほど多くないのは年金生活者の支出が減らないからだと考えることができる。この歯止めがなくなると負のスパイラルが完成する。賃金が下がると年金も下がるので物価が下がる。すると、収益が悪化するので賃金が下がる。そしてそれが年金を下げるので、物価が下がって行くというわけだ。
一般には年金が確保されればそれだけ現役世代の給与が減るというように考えられがちだが、実はそうではない。
さてここで「では賃金を下げなければいいじゃないか」という話が出てくるわけだが、賃金はバブル崩壊後しばらく経ってから一貫して下がり続けている。リーマンショックのような極端な信用不安があったので統計はわかりにくくなっているものの、このトレンドに変化の兆しはない。日本の産業の構造的な問題だという声が大きいのだが、それがどのようなものかはよくわかっていない。重要なのは民主党政権でもそれは変わらなかったということだ。つまり、政策は賃金に対する影響力がなさそうなのだ。
企業はさらに賃金を下げたいと考えているようで、外国からの労働力の導入をしやすくしたり、ホワイトカラーの残業代を減らす法案が計画されている。それ以外に収益を改善する方法が見つからないからだろう。
与党側は物価を上昇させて賃金も上げるから問題はないと言っている。しかし厚生労働省は賃金が下がるという見込みを立てているからこそ、それに連動して年金を下げようとしているわけだ。そして年金は独立変数ではないので、物価に影響が出る。だが、それは厚生労働省の関知するところではない。
だが、政府の計画はすべて物価が上がる(それに伴って税収が上がる)ことを前提としている。年金受給者は大きなセグメントなので、年金が下がるとこのシナリオを政府自らが潰すことになる。もし、政府が賃金が下がって行くというシナリオを受け入れるとしたら、次に議論すべきは、増税で今のサービスを賄うか、サービスを切り捨てるかという二者択一になるのだ。
年金カット法案の問題点は2つありそうだ。
一つは経済を好転させるための方策を与党も野党も持っていないということだ。もう一つは政府が統一した経済に対する見込みを持っていないまま、それぞれの部局がそれぞれの見込みで勝手なシナリオを描き始めているということだ。安部政権は長期政権の維持という当初の目標を達成してしまった。そのために政治リソースをすべて使い果たしてしまったのかもしれない。そこで配下の国会議員は失言を繰り返すようになり、各省庁はそれぞれの思惑を調整しなくなってしまったのだろう。これはかなり危険な兆候ではないかと思う。
つまりはプランBのない状態で内部崩壊が始まったのだ。