国民民主党が主導した一連の手取り議論が「闘争しても無駄」という地点に収束しつつある。そればかりか関係者たちの危機感を刺激し「自分たちのほうが先だ」という醜い争いも始まっている。
これまでの経緯をおさらいすると「今の日本政府と政治家は全力で国民のやる気を潰すつもりなんだな」という気分にさせられる。天然資源の乏しい我が国には勤勉な国民性という「金の卵」がある。だが、おそらく国はこれが憎いのだろう。ただ、なぜ国がそれを憎んでいるのかがよくわからない。
企業が将来不安を感じて国内に投資しなくなった。法人は自民党とのつながりを強めるために企業献金を行い、法人税の減税など優遇策を要望した。しかし将来不安があるため2つの投資(設備投資と賃金)は渋るようになった。結果的に法人は使い切れない「内部留保」を持っている。投資先のない現金が多く含まれていると考えられている。
結果的に国民生活は逼迫し「デフレマインド」を持つようになった。将来不安のために消費を控えようというマインドセットである。すでにこの状態が30年も続いているため「ネイティブでデフレマインドを持った」人たちも生まれている。
ただし「手取りのアップ」という政党の提案に希望を持った人達もいた。これが今回の国民民主党躍進の原動力となっている。
もともと国民民主党の政策の骨子は1995年から進んでいない税の算定基準金額をインフレを考慮したものに改めることと複雑化するガソリン税の整理をすることだった。つまり税制のテクニカルな改革だ。だがこれではアピールしないと考える玉木雄一郎氏は「手取りがアップする」という言い換えを行い一部の有権者から支持されていた。
しかしこの政策は実現しない可能性が高い。確かに玉木雄一郎氏が言う「壁の調整」は行われる可能性がある。だがこれが手取りアップにつながらない。そればかりかパートの手取り減少と働き控えがより進行する可能性さえでてきた。
企業の人手不足は解消しないかも知れない。基準が年間の収入から月ごとの時間に変わっただけなので106万円の壁が20時間の壁になって残る可能性がある。
パートで働きながら、「第3号被保険者」として保険料を免除されてきたサラリーマンの配偶者は、106万円の壁が解消することで保険料負担が新たに生じる。負担増を避けようと週20時間以内で就業調整する可能性もある。
厚生年金要件、「週20時間」のみに 「106万円の壁」解消へ―厚労省(時事通信)
Amazonは配送を「独立契約者」と結んでいる。つまり彼らは労働者ではなく取引先だとしてしまえば年金の負担はなくなる。ただ多重請負や働かせ放題など多くの問題が出ている。配送業者は疲弊するがその不満や不安を解消する窓口はない。ただ20時間問題を解決するために有効な手段であることは間違いがない。
また「今後地方の税収が落ち込むがそれは玉木のせい」という宣伝が行われている。村上総務大臣が地方税収が減りますよと宣言し知事たちが反発しているようだ。この記事の中には「人手不足は解消したいが税収が減るのも嫌」という地方自治体の切実な声が含まれている。
2025年度税制改正の焦点となっている「年収103万円の壁」の見直しを巡り、地方税である個人住民税の減収にもつながるとして、自治体側で不安視する声が広がっている。与党と政策協議入りする国民民主党の主張に沿って基礎控除を引き上げた場合、地方だけで約4兆円の税収減が見込まれるためだ。全国知事会の村井嘉浩会長(宮城県知事)らは7日、首相官邸で林芳正官房長官と面会し、懸念を伝えた。
自治体、住民税減収に懸念 「103万円の壁」見直し(時事通信)
自民党と国民民主党の会合に自民党側の税調メンバーは出なかった。彼らはインナーと呼ばれており国の税制を事実上牛耳ってきた。特権意識を持つ彼らは「たかが議会ごときが参入することなど許されない」と考えているのかも知れない。
ただ「インナー」にはインナーの言い分があるだろう。岸田総理がバイデン大統領に一方的に約束した防衛増税の議論が決着していない。次期トランプ政権では「あのライトハイザーが帰って来る」という話が出ている。防衛費2倍はすでにデフォルトになっておりそれ以上の負担が求められるがこれが叶わない場合には関税で報復される可能性があるということだ。自民党を支える企業は「国民生活など知ったことか、なぜトランプ氏の要望を受け入れないのだ、関税でイジメられるのは困る」と石破総理に訴えることになるだろう。
さらに厚生労働省も「106万円の壁を廃止します」と主張している。最低賃金がアップすればインフレ対策のために基準をアップするか不満を解消するための恒久的な改革が必要になるはずだ。しかし官僚たちはこれらのニーズを理解出来ないふりをしていて「丁寧な説明」を行っている。
厚生官僚は「民意」を背景にした議論の広がりが厚生年金の財源圧迫を招くことを不安視している可能性がある。
地方自治体・厚生労働省・自衛隊関係者・税調などの様々なステークスホルダーたちは「もっとお金を」「自分たちのほうが先だ」と強く主張している。結果的に「玉木さんの手取りを増やす政策のお陰で地方の税収は減りパート主婦の負担は増える」ことになりそうだ。
パート労働者は黙って働いていればいいのであって後回しなのである。ただ国民生活全体を見ればこの人たちが我々の日々の暮らしを支えている。
では我々は野党を応援すべきなのか。これも実は極めて怪しい。玉木雄一郎氏が毎日新聞の報道を否定した理由がわかってきた。時事通信も「国民民主党も自分たちの提案が通るはずはない」と考えているが「戦う姿勢を見せ続けるために」表現を緩めなかったと書いている。所詮、参議院選挙のための「プロレスだ」というわけだ。
政府が14日の総合経済対策取りまとめを目指す中、国民民主も「満額回答」を期待しているわけではない。要望書の原案には「年末調整による補充を実施」などの「落としどころ」も書かれていた。しかし、弱気は見せられないとして、実際の要望書からそれらはすっぽりと抜け落ちた。
国民民主、強気の姿勢 政権維持へ協議「綱渡り」(時事通信)
立憲民主党も「臨時の給付」を提案している。過去に政権を取ったときに「消費税増税に追い込まれた」過去があるため、恒久的な制度変更には後ろ向きである。というより恒久的な制度変更を考案できる人材がいないのだろう。中にはこの議論に参入した参議院議員もいるがプロフィールを見ると「今通信制の大学で法律のお勉強をしています」と書いてあった。
立憲民主党は、憲法改正議論・夫婦別姓問題・政治とカネの問題を中心課題として党勢を拡大したい。政権が取れるとは思っておらず、政権を取ったとしても自分たちの首を絞めるような財政・社会保障改革については明言を避けたいからなのだろうと断じざるを得ない。国民民主党が「年末調整による補充」を落とし所にしていたことからもわかるように抜本的改革ができると思っている国会議員はいないということになる。
また自民党は議員運営委員会を取った。表のプロレスにこだわる立憲民主党と裏でなんとかしたい自民党という現在の姿勢がよく分かる。
政治ブログを書いている以上は「国民が選挙に参加することで少しでも国の制度が良くなる」という主張をしたい。資源が乏しい我が国が唯一頼れるのが勤勉な国民性と将来に対する国民一人ひとりの明るい希望だと信じている。
しかし、やはりここは一連の報道を感情抜きで冷静に見つめた結果をお伝えしなければならない。今のところ「投票でなにかが変わると考えるのはムダ」ということになってしまう。応えてくれる政治家がいない。
たしかに目の前では勤勉で細かな議論が行われている。だがそれは目的意識を持たない要領の悪い議論でしかない。国の経済全体を見ても日本人の勤勉さは生産性の低い無駄な労働に浪費させられているようにしか見えない。
どうしてもそういう結論になってしまうのだ。
なぜそんな事になってしまうのか。
誰もが国家の衰退を既定路線としていて自分たちの生活だけを守ろうとしている。玉木雄一郎氏が「手取りアップ」を提唱したことで「自分たちの取り分が減る」と危機感をつのらせた人たちがそれぞれ抵抗運動を始めているのだ。