「103万円の壁」の議論が予想通りの展開になってきた。インフレになると基準値をあげなければならないというテクニカルな問題が「減税議論」となったことで混乱している。中には「社会保障の議論もやってもらわないと困る」という人や「増税議論と減税議論は一緒くたにできない」という人が出てきてまとまるものもまとまらないといったところ。
田崎史郎氏の情報によると、永田町はこれを玉木雄一郎氏の「プロレス」と見ているようだが、仮にそうだったとしても集まってきた聴衆たちが「プロレス」をやめさせてくれるとは限らない。
おそらく、これはもともと「ブラケット・クリープ」対策の1つだった。インフレ調整の一種だ。
日本の最初の選挙では15円以上の国税を収めている1%の人しか投票できなかったという。つまりそれが富裕層の「基準」だったのだ。しかし今15円が道端に落ちていたとして「あなたは拾いますか?」ということになる。うまい棒が1本買える大金ではあるが富裕層とまでは呼べないだろう。インフレが進むと基準を変更しなければならない。単純な話だ。
財務省はこの「ブラケット・クリープ」の存在はおそらく知っているだろうが、知らないフリをしている。だから「国の23年度税収、還付増でも2.5兆円上振れ 最高72兆円」ということになる。いいインフレか悪いインフレかは別にしてインフレになったのだからその分それぞれの基準値を変更してゆかなければならない。
西村博之氏は「玉木雄一郎氏の言っていることは偏差値が高くなければ理解できない」といって攻撃されたそうだがこれは逆だと思う。なんでも難しく考えたがる頭が良すぎる人が多すぎだ。
頭が悪いと「もっと単純に考えよう」とするのだが、なまじ頭が良いぶんだけ複雑な問題を複雑なままで捉えたがるのだ。
玉木氏は当初はXに長い投稿をしてこれを理解させようとしたが失敗している。そこで長尺の動画を用意し「切り抜き」をさせ何が有権者に響くのかを探る戦略を取った。結果的に「減税・負担減」が最も響いたのだろう。他には榛葉賀津也幹事長のヤギのビリー一家の動画とコーヒー屋の話などがバズっているそうである。
立憲民主党は「減税」になった時点でも気が付かず「若者に支持されている」時点で議論の有効性に気がついたようだ。小川幹事長が「103万円の問題で連携したい」と言っている。自分たちで税制を議論できず「人気のある政策を拾って自分たちのもの」にしたいのだろう。立憲民主党の限界を感じる。彼らは相変わらず政策と国家運営について学ぶつもりがなさそうだ。
玉木雄一郎氏は「不信任案」をちらつかせつつ年末の税制改正の議論に「減税」を組み込みたい。
さて、ここまでを読むと「与野党伯仲も悪くない」と感じる人が多いのではないか。与野党伯仲になると減税になるからだ。
が、もちろんそんなに単純な話ではない。テレビ朝日が財務省側を取材している。文章を読むのが苦手という人のために箇条書きにした。結果的に「改変」となっているのでオリジナルの記事も参照していただきたい。()の中身はこちらで足している。
- 103万円を見直すこと自体はできない話ではない。
- (全体の税制の整理が必要なので)財務省としては『時間が足りず、年内には困難だ』というスタンス
- 整理するなら『来年、議論して2026年4月から』となる、だが政治の状況を考えると難しい
- (あとはできないいいわけが続く)
- 玉木代表は税収で賄うとしているが「7〜8兆円」を捻出するにはかなりの経済成長が必要
- 実際は減税しても貯蓄にまわるお金が相当程度あるため税収増で賄うというのは現実的ではない(これは事実ではなく財務省の意見)
- 参院選があるなかで、国民の負担を増やす増税や国民へのサービスを減らすことになる歳出減も打ち出しにくい
- 最も可能性が高いのは国債』だが、毎年国債を出して将来世代に負担の先送りをし続けることに理解が得られるのかは疑問
1つずつ整理してゆこう。
まず財務省は「時間が足りない」の理由について説明していないので()で足した。国際公約になっている防衛費増額の話が決着していない。年末の議論では財源の捻出が必要になる。ただ財務省としては「こちらで提案はしませんから勝手に決めて指示してください」というのだろう。「あとは知りませんよ」ということだ。これは国民民主党がどれくらい幅広の税制議論をして公約を組み立てているかによって状況が変わりそうだ。財務省を打ち任せるアイディアがあれば政治が指示をすればいだけの話だが「あとのことはそっち(財務省)で考えろ」だと予算編成は大混乱するだろう。
次の「税収で賄う」だが、実は玉木氏と財務省では順序が逆になっていると気がつく。「ブラケット・クリープ」対策を冒頭で説明したのはこのためだ。国民民主党案では「インフレになったから結果的に税収が増えているのでそれを調整しよう」ということになっていた。だが財務省は「減税をしたら税収が減る」と言っている。どちらが正しいのかはよくわからない。つまり政治の側が「インフレが起きた以上の支出増を求める」可能性がある。
どうやらこれまでの諸議論を見ていると「論理化すると話が単純になりバカでもわかる」と考える人は少数派のようだ。多くの人は「具体論を挙げて損得を明示してくれないと判断できない」と考えている。具体論は文脈によって意味合いが変わるのだからかなり頭が良い人でないと理解できなくなる。つまり、日本人は効率が悪い議論を地頭の良さで補うスタイルが好きなのだ。
最も深刻なのは「減税しても貯金に回る」という箇所だろう。これは法人税で起きている。実は日本の企業も日本政府を信頼していない。法人税減税は求めるが設備投資や人材投資には回さず「内部留保」として溜め込んでいる。加谷珪一氏はあるワイドショーで「半分程度は現金=効率的に投資されていないお金」と説明していた。このマインドセットを解消するためには国民が日本経済に明るい希望を持たなければならず、そのためには政治を信頼しなければならない。
だが、実際の投票行動を見ると「政治を信認できないから投票しなかった」という人や「白票(実際の統計では無効投票とされる)を投じた人」がいる。「衆院選小選挙区「無効」167万票 政治不信で白票増加か」と日経新聞が記事にしている。さらに石破総理はそのままでもいいが(誰がやってもどうせ同じことなので)与野党は伯仲状態で「誰も勝利しない」状態がいいという事になっている。
政治不信が前提となっており「こんな人達が消費や投資にカネを回すはずはない」とわかる。
さらにTBSは「国民民主が主張の「年収103万円の壁」引き上げ しかし“働き控え”の本丸は「社会保険の壁」…」と言っている。そもそも論を持ち出し社会保障全体の議論を先にしてもらわないと判断ができないと「お店を広げている」のだ。具体的に「負担が減る」とアプローチしてしまったために「では皆さんの生活に具体的にどんな影響があるか考えてみましょう」と話が広がった。結果的に「うーんよくわかりませんね」で終わってしまうのだ。
具体論にこだわると税制も社会保障もすべて最初から議論をする必要が出てくるためまとまるものもまとまらなくなる。
なお玉木雄一郎代表は話を単純化し「財務省とマスコミが抵抗勢力になっている」というトランプ式の主張を始めた。
ただ田崎史郎氏はこの主張に対して次のように言っている。要するに「無理なことをわかっていて騒いでいる=プロレス」という主張である。
そして、「(決着は)12月中旬になりますけれども、交渉に入っていって、一体どれくらいになるかなんですよ。今が103万円で国民民主が求めているのが178万ですよね。たぶんね、その間で決着するんですよ。昨日、ある議員と話したら“130万かな、140万かな”みたいな感じですよ」と言い、「178万までいくのは無理なんですよ、これは。無理なことはたぶん国民民主は分かっていて、でも“手取りを増やします”とずっと言ってきて、国民も求めているというので、どれくらいまで増やすかで130万から140万かなって話が出てきてるという段階です」と話した。
田崎史郎氏 “103万円の壁”引き上げの決着は「178万は無理…130~140万かなという話が」
ただ仮にプロレスだったとしても玉木さんの周りには多くの聴衆が集まってきている。彼らが「プロレスをやめさせてくれるか」は全く別の問題だ。炎上を作り出した人は自らが焼けないように逃げ道を用意しておく必要がある。