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過半数を取れる政党がない場合、誰が総理大臣になるのか?

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【まとめ】

  • 過半数が取れずとも決選投票が行われ最も得票数が多い人が総理大臣になる。
  • 日本では特に少数与党は安定しない傾向がありそもそも少数与党の事例は少ない。
  • 事前の予想では過半数を取れる政党がないことは(ほぼ)予想されていなかったが実際にはその状態が生まれた。

情勢調査を読んでいてふと「少数与党が政権を取ることができるのか?」という疑問にぶち当たった。実は明確な答えがない。理論上は少数与党の代表者を首班指名できるようだ、だが、現在の政治報道はこうした事態を想定していない。だから、実際にそうなったときのシミュレーションができていないのである。

ヨーロッパの議会では比較的珍しくない現象で何ヶ月も内閣ができない場合がある。諸外国では政治空白を嫌って大統領が議会に介入するケースがあるが日本の天皇は政治的には無効化されているため介入する人もいない。ただ事前に政策協定が重要視されるヨーロッパと違って日本は「のらりくらりとやり過ごし」て次第に切り崩し工作を仕掛けるやり方が好まれる。

【加筆】実際に過半数が取れる政党がなかった。選挙後にわかったことを書き加える。

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実は憲法には総理大臣の決め方を書いた条文がない。単に「衆議院と参議院で代表を決めてあとは話し合ってください」と書かれている。ただし30日以内に首班指名のための国会を開かなければならない。

そもそも事例が少ないために「過半数を取れなかったときのこと」を書いている媒体は殆どなかったが、日経新聞によると決選投票が行われるようだ。つまり相対的に多数を取った人が総理大臣になれるということになる。つまり「少数与党」は理論上はあり得る。総選挙後のワイドショーで田崎史郎氏はこれに沿った解説をしていた。

衆参両院ともに記名投票で、投票総数の過半数を得た議員に決定する。過半数を獲得した議員がいない場合は上位2人による決選投票をして多数決で決める。衆参両院で異なる結果となったときは両院協議会を開いて話し合う。それでも意見が一致しなければ衆院での議決が優先される。「衆院の優越」の原則に準ずる。

首相指名選挙とは 衆参両院とも過半数獲得で選出(日経新聞)

日経新聞の別の記事には少数与党に転落した事例が書かれている。日本が再独立する前の吉田内閣と政界再編期の羽田内閣の事例があるそうだ。羽田内閣は「首班指名後に社会党が離反した」と書かれており少なくとも成立時には少数与党ではなかった。なおこのときに離反した社会党はその後自民党と組んで「自民・社会・さきがけ」で内閣を作っている。

政権基盤が弱いため少数与党内閣は短命に終わるケースが多い。1948年に発足した第2次吉田内閣は4カ月しか続かなかった。最近では94年に発足した羽田内閣が少数与党だった例がある。首相指名の直後に社会党が当時の小沢一郎新生党代表幹事らの強引な政治手法に反発して連立を離脱したために少数与党に転落、わずか64日で総辞職に追い込まれた。

少数与党 衆院で半数割れ、短命政権多く(日経新聞)

つまり今回おきた出来事は近年稀に見る出来事だったということになる。読売新聞が2022年に書いた記事も想定していなかった。

首相(首班)指名選挙とは、首相を選ぶ選挙のこと。衆院選後に初めて召集される国会で内閣が総辞職し、実施される。投票により、衆参両院で過半数の票を得た人が首相に指名される。

[選挙用語]首相(首班)指名選挙…衆参両院で実施(読売新聞)

時事通信(自公「233」維持へ剣が峰 56議席減で過半数割れ【24衆院選】)によれば仮に自民党と公明党が56議席を失いなおかつ56議席以上の議席を埋め合わせる政党がない場合は少数与党状態となる。読売新聞は焦点の数字「47」…自公は47議席以上減らすと15年ぶりの与党過半数割れにでこの数字を47としている。裏金問題で非公認にした人をカウントするかどうかの違いで数が異なっていた。しかし結果的には2000万円問題の影響で自民党が大敗したためこの数字にはあまり意味がなくなってしまった。

維新も国民民主党も「与党に入ることはない」と言っているが首班指名に協力しないとは言っていない。特に国民民主党は「個別の政策には協力する」との含みを持たせている。

選挙のあともこのポジションは崩れていない。田崎史郎氏はこれをむしろ「立憲民主党と政党を組んだり首班指名に協力することはない」と解釈しているようである。むしろ政権の枠内に入ってしまうと事前協定に縛られてしまうため自由かつ無責任な立場で好きな法律をつまみ食いすれば良いわけでこちらのほうが都合がいいと見ているようだ。このあたりが実に日本的なハイコンテクストさだと感じた。ヨーロッパやアメリカの様なローコンテクストの文化では事前の協定が重要になるが日本では重要視されない。

改選前の「自公絶対安定多数」もじわじわと効いてきた。野党は意思決定に参加できない。だがこれは裏を返せば今の政策に一切責任を取らなくても構わないということだ。さらに野党は自公政権から距離を取るために儀式的な不信任投票を行い「私達は今回の意思決定には全く関係がありませんよ」とのデモンストレーションを行っていればよかった。

つまり野党は好きな政策だけつまみ食いして自公政権に協力し「嫌なことはやりません」という自由を得たことになる。また痛みを伴う改革には表向き反対の姿勢を示しつつ棄権し「全ては自民党と公明党のせい」ということもできる。党内野党だった石破茂総理は嫌な役割を押し付けられたがその他の政党は好きなときに好きな料理だけつまめば良いということだ。

選挙前の東京新聞は過去に社会党が自民・さきがけ・社会党で連立政権を組んだあと社会党が分裂した状況を引き合いに出している。「野党の一部が自民党側に自公政権が延命する」状況に危機感をつのらせていたのだろう。だが仮に「好きなときにだけ協力すれば良い」が常態化すれば東京新聞もむしろ満足するのではないか。

自民党が危機的な状況に陥りつつ立憲民主党が政権を取る可能性が低くなったことで事前に週刊誌などで囁かれていた石破辞任・高市待望論の可能性は低くなった。ここで内紛を起こせば本当に下野する可能性が出てきたからだ。

一強状態が続いたために自民党は自浄作用を働かせることができなくなり再び多党乱立状態に戻りつつある。アメリカでは民主党と共和党が振り子のように政権を担っているが日本の政治は独自で政党を組む力に乏しく極端な安定と極端な不安定の間を彷徨っている。

少なくとも参議院選挙前までは安定した政権はできないかもしれない。参考になるのが細川政権の成立と羽田内閣の瓦解だ。政策ではなく人間関係の好き嫌いで政界再編が起きる。何を実現するがあまり重要視されない文化なのである。

細川政権は小沢一郎氏が中心になり自民党と共産党だけを外して作られた政権だった。この2つの政党を仲間外れにし「剛腕ぶり」が話題になった。

細川政権が行き詰ると後継となる羽田政権にも社会党は参加した。さが、左派に強い差別意識を持つ小沢一郎氏が社会党を外し「改新」という政党連合を作ろうとした。共産党を外してうまく行き自信をつけたので今度は社会党を外そうとしたのだ。

ところが村山富市社会党はこれに反発し離脱してしまう。結果的に羽田政権は政党連合の枠組みが作れなくなり最初の数時間は「一人内閣」を組織した。このあと社会党は反小沢のさきがけと共同で自民党と合流し村山政権が誕生している。

このときも自民党の有志が社会党と密かに接触して切り崩し工作を行ったと言われている。羽田政権は64日しか続かなかったがこの期間が自民党の工作期間となった。つまり政策ではなく人間関係の「好き嫌い」で政党連合が作られている。

小沢一郎氏は今回の立憲民主党の代表選挙でも共産・党内左派・市民運動外しを画策している。つまり羽田内閣を破壊した彼の病気は治癒していないということだ。政権を奪取するためには左派の力を借りたいが政権さえ手に入れてしまえば左派は用済みになると考えている可能性が高い。小沢氏がバックにいる野田佳彦氏について行く野党はないだろう。後で揉めるに決まっている。そう考えると「自民党とも政権は組まないが立憲民主党の首班指名にも協力しない」という国民民主党と維新の戦略は意外と正しいのかも知れない。

なお首班指名が滞った場合海外の事例では大統領が介入することがある。日本では天皇がこれにあたる。だが天皇には政治的権能はないため首班指名への介入はおそらくできないだろう。戦前の天皇も議会政治に積極的に介入することはできず元老・元勲と呼ばれた人が政党間の仲介をしていた。最後の元老と呼ばれる西園寺公望が政界を引退したことで仲介機能が損なわれた結果、議会は首班を決めることができなくなり翼賛体制へと突き進んでいった。

日本では一強他弱不安定な多党連携の間を振り子のように揺れ動いていることになるが、暫くの間はのらりくらりと立憲民主・国民民主・維新等との協力を模索しながら仲間割れを誘い切り崩し工作や有力者の一本釣りが行われるというのが日本流のやり方なのかも知れない。

ヨーロッパの場合は事前に有権者に対して「この様な政策を実現するために政党連合を組みました」などと説明する必要がある。ローコンテクストな文化なので説明が重要になる。ところがハイコンテクストな日本の場合は「その場その場の空気を読んで最もトクな場所に陣地を構えています」という説明のほうが好まれる。つくづく不思議な国だと感じる。

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