今年のノーベル経済学賞は「成功した植民地と失敗した植民地」の研究が受賞した。トランプ氏やロシアの台頭を背景に自由主義のメリットをあらためて広報する狙いがあったのではないかとおもう。Amazon(リンク先はアフィリエイト)では早速過去の著作がベストセラーになっていた。
経済学賞は意外と政治的な賞でかつては「コモンズ」が盛んにフィーチャーされたこともあった。記事には具体的な記述はないが成功した植民地とはアメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドで、失敗した植民地はコンゴ、ハイチ、アンゴラ、ボリビアなどだそうだ。
エッセンスは2012年に出版された「国家はなぜ衰退するのか(Why Nations Fail)」にまとめらていて、Kindle版(1078円(上巻))は早速Amazonのベストセラーになっている。特にアセモグル氏の発言は過去にも盛んに引用されているようだ。
普段政治経済学の本など意識もしない自分の様な人間でも「ノーベル賞」と聞くと背景を調べてみようと思うものだ。賞の持つ権威とプロモーション効果は絶大である。
王立科学アカデミーは3人の選考理由について、「受賞者たちは植民地化の際に導入された社会制度が、各国の繁栄の違いを説明する一つの要因であることを示した。国の間の大きな所得格差を縮小することは、現代における最大の課題の一つだ。受賞者はこの目標を達成するため社会制度が重要であることを実証した」と評価しました。
ノーベル経済学賞に社会制度と国家の繁栄の関係を研究した3人
アセモグル氏は「人々が専制主義的な指導体制を求めることは危険である」と考え、「現代の最悪の罪」であるSNSからの自発的な撤退を呼びかけている。トランプ氏台頭の警戒心があるのだろう。
ただ、アセモグル氏らはなぜ優れた制度を持っている成功した植民地であるアメリカ合衆国が自発的にトランプ氏の様な存在を許容しつつあるのかという問には答えてくれない。
トランプ氏は人々を銃で脅して自分を称賛させているわけではない。彼の手法は外から敵が襲ってくる・敵は実は内側にいるとして大衆を先導・扇動するものだ。
特にこうした動揺は激戦7州で顕著である。激戦州とはどんなところなのか。カリフォルニアの近隣にあるアリゾナ・ネバダ、ニューヨーク・ニュージャージーの近隣であるペンシルベニア、イリノイ州(シカゴ)周辺のミシガン・ウィスコンシンなどが含まれる。
この内、今回の選挙に影響を与えそうなのはミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニアである。この「製造業州」でトランプ氏が彼らに示しているのが「関税」だ。サービス産業と製造業の力関係に変化が生じている地域と総括できる。
ジョージアは少し状況が違っている。激戦州化しつつあるところから黒人が流れ込んできていて状況が変わりつつあるという。残りの激戦州はその隣りにあるノースカロライナである。産業構造が転換している地域から玉突き式に人が流れ込んでいるということだ。
アリゾナ・ネバダはおそらくカリフォルニア州などから流れてきた人々が多いのではないかと思う。生活費や法人税などが高騰したことで周辺地域に人が流れているのではないかと考えられる。
サービス産業が発展すると激しい物価上昇(=経済成長)が起きそれについて行けない人や企業が周辺地域に流出する。また製造業の比較優位性が失われその州の政治状況も動揺する。これがいまアメリカで起きている問題である。その答えとしてトランプ氏が人々にオファーしているのが国境と物流の遮断だ。
北朝鮮事情については別の投稿でまとめるが「切り離し」の動きは専制主義国でも起きている。北朝鮮の金正恩体制は憲法を改正して韓国からの切り離しを行っている。中国共産党は台湾を軍事的に恫喝し「不都合な存在」を地上から消し去ろうとしている。
アセモグル氏は中国の発展についても懐疑的である。複雑化した経済を統治することが難しくなり様々な問題に介入せざるを得なくなるだろうと予測しており、そのために経済成長が鈍化するだろうと予測している。
今回の受賞後のコメントでもそれは強調されている。
受賞の決定後、3氏はオンラインで記者会見した。アセモグル氏は、「政治が1人の人物や一つの政党によって独占されない枠組みが重要だ。民主化した国はより速く成長する」と述べた。ジョンソン氏は、「近年は世界の多くの指導者が、(国を豊かにする方向ではなく)別の方向に進んでいる」と指摘した。
ノーベル経済学賞にMIT・シカゴ大の教授3人、「民主主義など社会制度が経済反転に重要」実証(読売新聞)
中国は台湾を包囲する演習を行っている。習近平国家主席が覇権主義を強めていると思考停止することも可能だがおそらく事態は更に複雑だろう。
習近平が鄧小平よりも偉大な政治家であることを証明するためには改革開放路線で成功した深圳以上の都市を作る必要がある。そのために「深圳のように無秩序に開発されるわけではない」雄安新区を作った。習近平の考え方によればこれは深圳のバグを修正したニューバージョンだが結果的に「空っぽの都市」と呼ばれている。鄧小平氏が見抜いた「人は結局自分の繁栄のためにしか努力しない」という資本主義・自由主義経済の本質を習近平氏は見抜けなかったのだろう。習近平がバグだと思っていたものこそ本質だったのだ。
共産党的な理屈によれば1名あたりのGDPで日本と肩を並べた(あるいは追い抜こうとしている)台湾の頼清徳のほうが「優秀な指導者」ということになってしまう。台湾が許せないと考えても何ら不思議はない。
日本に関しては「非ヨーロッパ国では珍しく自力で社会制度を作った」と評価されているようだ。だが、2020年の記事ですでに「変化に後ろ向き」と評論されている。
日本の今後については、少子高齢化と激動する国際環境への対応が命運を分けると指摘し、「これまでの安定した統治にプラス面があったことは確かだ」と評価しつつ、課題面として「人々が社会の足元から変化を促そうとする動きが弱い」と指摘した。
日本は「変化促す動きが弱い」 MIT教授アセモグル氏(朝日新聞)
これまでの考察を重ね合わせると「日本人に足りないのは変化ではない」のかもしれない。所得格差が成長を鈍化させるのは「人は自分の繁栄のためにしかがんばらないから」である。ところが社会制度が硬直化すると「いくら頑張っても成果が得られない」という徒労感しか残らない。必要なのは変化じたいではなくその内容だ。
アセモグル氏らの指摘は日本の植民地にはよく当てはまる。日本が持ち込んだ制度が悪いというわけではなくその後の統治勢力が民主主義を取り入れなかったことが原因となり台湾も韓国も長い間貧しいままだった。台湾は日本統治のあと国民党支配を受け「大陸からやってきた人たちの植民地」のような扱いを受けていた。個々から民主化運動が起き台湾の1人あたりのGDPは日本を凌ぐまでになった。
日本支配のあと軍政が続いていた韓国にも同じ事情がある。88民主化運動のあとに経済成長が始まり急速に経済成長が始まっている。
ロシアやトランプのような脅威に対する「自発的な対抗運動」を促したいという授賞者のねらいはあるのだろうが、民主主義の中にも「植民地化」と同等の脅威はあるということだ。
おそらく日本ではロシアや中国などの専制主義よりも日本が選択した自由主義のほうが素晴らしいという文脈で紹介されることになるのだろう。誰でも「我々の選択は正しかった」と感じたいものだ。
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