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産経新聞曰く「ウクライナ領土放棄の議論が進んで」いる

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産経新聞が「欧米・ウクライナ内に「露占領地放棄と引き換えにNATO加盟」案広がる FT報道」という記名記事を書いている。記事にあるように出典はFT(フィナンシャルタイムズ)だ。

そもそも本当にこんな議論が広がっているのか。出典元の記事を読むと「産経新聞が避けたい議論」が見えてくる。

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フィナンシャルタイムズの記事の内容は厳密にはNATOが「西ドイツ方式」を広めようとしているという記事のようだ。

  • ウクライナは法的には1/5の喪失領土は放棄しない。
  • アメリカは日本に同様の安全保障スキームを提供しているがロシアに奪われた領土(千島列島の一部)を持っている。ドイツもNATOに入っていたのは西側だけだった。だからウクライナでもこの方式が採用できるはずだ。
  • ロシアはこのアイディアを受け入れないだろう。
  • バイデン大統領はこのアイディアに乗り気ではなかった。次の大統領がこれをどう解釈するかは未知数。

第一に占領地放棄とは書いていない。法的には領土を諦めない西ドイツ方式と書いている。西ドイツは東ドイツの領有を諦めたわけではなかった。さらに産経新聞はロシアのことには触れているがアメリカの事情に触れていない。

ここから産経新聞が避けたい議論がわかってくる。それは「日本の領土が奪われたときにアメリカが本当に助けてくれるのか」という議論だ。

NATOでは10月にルッテ元オランダ首相が新しい事務総長に任命された。ここから次のアメリカの大統領が決まるまでに既成事実を積み上げておきたい。つまりこれから議論を広げようとしている段階だ。

おそらく背景にあるのがJDヴァンス氏のこの主張だろう。

米大統領選の共和党の副大統領候補バンス上院議員が14日までに、トランプ前大統領が選挙で返り咲いた場合、ロシアのウクライナ侵攻を交渉で終結させると主張し、和平案を示した。ウクライナは北大西洋条約機構(NATO)に加盟せず、中立国とするほか、現在の前線を非武装地帯として、ウクライナ側は再びロシアの侵略を受けないよう防備を固めるとした。

ウクライナはNATO加盟せず中立国に 米共和党副大統領候補のバンス氏が和平案示す(産経新聞)

トランプ氏はアメリカの外交にも女性の権利にもさほど興味はない。しかし誰が自分を支援してくれるかは理解している。JDヴァンス氏はイラク従軍経験からアメリカのエスタブリッシュメントが同盟を利用して中流階級を搾取していると考えるに至った。つまり白人中流階級に対する被害者意識が根底にありそれが実際に白人を中心とする中流階級に響いている。

だからNATOはトランプ・ヴァンスがアメリカの大統領・副大統領になる前に「ウクライナのNATO入り」の道筋を作っておきたいのだろう。

NATOはロシアと対立する軍事同盟だ。だからロシアがこのアイディアに賛同するはずはない。つまり問題の本質はアメリカの中流階級の同盟に対する疑いであり、産経新聞はそれに触れられない。

さらに、アメリカがウクライナ問題とイスラエル問題にかかりきりになっていては台湾有事に目を向けてくれなくなるのではないかという不安も抱えている。ウクライナが領土を諦めれば問題は消えてなくなり、再び台湾海峡問題とチュウゴク囲い込みに取り組んでくれるかも知れない。

更にこの議論の背後には石破総理が始めてしまった「ウクライナは明日のアジアかもしれない」議論の存在が透けて見える。

石破氏はそもそも同盟関係がないウクライナと形式的には同盟に守られているが発動したことがない日米同盟を並列に扱っている。これを一緒くたに語られてしまうと「日米同盟も実は単なる紙切れなのではないか」という議論に発展しかねない。

実際のところ、アメリカ合衆国尾大統領は議会の承認がなければ同盟義務を発動することはできない。介入は大統領権限だが介入に必要な予算は議会承認が必要になる。実際には議会が強力な国なのである。このため日米同盟に「相互防衛義務」が書かれていたとしても、有権者がそれを支持せず議会が反発すれば「単なる紙切れに近いもの」になってしまう。

NATOは相互防衛協定なのでアメリカはNATO加盟国を保護する義務がある。ところがヨーロッパ側のNATO加盟国は「アメリカが本気でヨーロッパを守ってくれるのか」を疑い始めている。これを解説しようとすると「日本が憧れていた強固な同盟関係でさえ揺らいでいる」ことが丸わかりになる。

少年ジャンプ主義の日本の保守は「石破新総理は後出しで安倍派を虐めている」と騒いでいる。彼らは結果には興味があるがプロセスには全く興味がなくおそらくこの議論には興味を示さないだろう。だが、実際に議論を取り扱っている人たちの間には少しずつ動揺が広がっている事がわかる。

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