石破茂自民党総裁が102代内閣総理大臣に指名された。自民党は「とにかく一刻でも早く総選挙に持ち込み国民からの白紙委任状をもぎ取りたい」という基本戦略を持っている。
今回の新政権発足に関するマスコミの対応には独特の違和感がある。田崎史郎氏は「菅義偉、岸田文雄両氏は人事について相談を受けておらず、石破茂氏と森山裕氏が勝手に決めた」とテレビで吹聴し回っていた。文春では山本一郎氏が切れ味鋭く「冷たいごはん」を食べることになった人たちを列記している。
内閣発足前からこれほど距離を置かれる総理大臣は珍しい。
それにしても異様な新内閣発足だった。総裁選挙終了直後から内閣人事が取り沙汰され総理大臣に指名されてもいないのに解散を明言した。田崎史郎氏はこれを「前代未聞であってはならない」と憤ってみせた。かつてはほぼ自民党の広報として機能していた人がここまで反発するのかと感じた。どうしても取材対象者に肩入れしてしまうのだろう。
解散はすなわち「国会議員の首切り」である。だが早期解散を望んでいるのはむしろ国会議員だった。石破茂氏は「自分がこれから何をしようとしているのか説明させてくれ」という立場だったが資格のはっきりしない森山裕氏に諭されて早期解散を決めた。
結局、内閣総理大臣予定者が「早く自分たちの首を切ってください」と切望する国会議員たちに押し切られたことになる。自分の方針を説明する機会を奪われ、むしろ「石破は逃げた」と批判されることになる。
この倒錯した国会議員の自殺願望の裏には「新しい内閣ができたとしても自民党の本質は変わらずしたがって支持率は伸びないだろう」という国会議員たちの絶望的な無力感と無気力感が潜んでいるのだろう。おそらく議席の躍進は望めない状態だ。さらに「ここで議席が伸び悩んだらすべてを石破氏のせいにして逃げ切ろう」という気持ちも見え隠れする。戦う前から負けたときのことを考えているのだ。
高市早苗氏と小林鷹之氏は事前に石破内閣から逃亡。麻生最高顧問も写真撮影から逃げ出した。
田崎史郎氏は盛んに「岸田文雄さんも菅義偉さんも人事について何も聞いていない」と吹聴。「全ては石破茂氏と森山裕氏の独断であって長老には責任がない」という印象を与えたいのだろう。石破氏は「森山氏に泥をかぶってもらう」つもりだったようだが、実際には一体のものとして扱われている。
さらに田崎史郎氏は「石破氏は安倍派によほど深い恨みがあったのだろう」と言っている。また茂木敏充と茂木派も内閣には入っておらず「今回の負け組は安倍派と茂木派」などと伝わっている。茂木氏については岸田総理が敵対心を持っていたのではないかとする人もいるようだ。茂木氏は岸田体制の幹事長でありながら「増税路線」に疑問を呈していた。TBSでは岸田総理が「石破氏はよっぽど恨んでいたんだな」と発言したなどと伝えていた。
安倍派・茂木派が排除されたことに関してはぼちぼちと報道されているのだが変わったことを書いている人がいる。それが山本一郎さんだ。「冷たいごはん」という独特の表現をしている。冷や飯を食わされる=冷遇されるを慇懃(いんぎん)に言い換えているのだろう。
石破茂氏はかつて水月会という派閥を持っていた。政策通の多かった派閥だが内部崩壊に近い形で解散している。その後も「石破氏に近い」とされた人もいるが、山本氏は「彼らが排除されている」という。
このように石破氏のあの目が笑っていない笑顔の裏には深い恨みがあることがわかる。そしてその恨みに注目する人たちも多いということだ。日本人ならではの屈折した心情を感じる。表現しないので発散もない。麻生太郎氏は2008年から2009年にかけての麻生おろしを未だに恨んでいるが、石破氏にも鬱積したものはあったということになる。恨み渦巻く永田町怪談である。
実績と実力を考えれば重用されて然るべき人物として、日本の半導体立国の立役者であった齋藤健さん、医療・社会保障政策のエキスパートで厚労族筆頭の実力を持つ田村憲久さん以下、旧石破派にいて石破さんを見放した山下貴司さん、古川禎久さん、伊藤達也さんら政策通はみんな冷たいごはんを食べることになってしまいました。どうしてこうなってしまったんでしょう。
石破茂さんが自由民主党総裁になって“強烈すぎる人事”を強行! そもそも何で岸田文雄さん降ろしたんでしたっけ…(週刊文春)
石破政権は白紙委任状を奪取するために呼び込みなどの時間を節約し国会議論もほとんどやらないものと考えられている。長い総裁選での主張をあっけなく否定したことで石破氏がどんなにきれいなことを言ってももう誰も信頼しないだろう。内閣の基本方針は「すべての人に安心・安全を」というものだそうだが「ふーん」としか思えない。
「恨み」を持っている人を採用しなかったことから石破氏の人材プールはかなり限られたものになった。田崎史郎氏はこれを「あまりにも露骨」と反発している。また選出までの時間が短かかったことで「おそらくきちんと身体検査をしていないだろう」という懸念もあるそうだ。
新規入閣が13名いる。
早速、文春からその一人である平将明氏に「祝電」が届けられた。いわゆる文春砲がお見舞いされたのだ。平氏は「デジタル相、保険証廃止「堅持」 政府、マイナカードに原則一本化」を明言しており、野党からの攻撃にさらされることは確実である。
今回のマスコミ報道を見るかぎり御祝儀的な報道は行なわれていない。新政権への期待感は乏しく人々は距離をおいて冷めた目線で石破政権を「お手並み拝見」と言った調子で見ている。仮に石破茂総理が選挙で議席を減らしなおかつ過半数を維持すると、この「冷たいごはん同盟」の人たちが内部から石破氏を攻撃することになるだろう。それはかつて石破氏が他の人達に散々やってきたことである。いわば後ろから鉄砲隊だが、なんだか数が増えている気がする。
日本人は表立った批判はしないし抵抗運動も起こさない。代わりに最も怖いのが「内部にいて距離を置く人たち」である。お神輿は動いているがその方には力がかかっていない。気がついたら一部の人達だけがお神輿を担いでいてそれ以外の人たちは担ぎ手が潰れるのを待っているのだ。繰り返しになるが永田町怪談ばなしである。