石破新総裁の抱負には安全保障関係の提言がかなり目立っていた。アジア版NATO・自衛隊のアメリカ駐留・地位協定の改善などの提案が含まれる。石破氏はこれまでの日米関係を従属的(片務的)なものと見ていて「対等な関係を目指す」としている。だが、石破氏のプランは少なくとも3年では実現しないだろうとも感じる。
第一の理由はアメリカ側にある。トランプ氏はおそらく戦略的同盟には興味をがない。トランプ氏の考えるアメリカはセキュリティ会社のようなものだ。JDヴァンス氏は過去のイラク駐留の経験から同盟に懐疑的。同盟という既得権益はエスタブリッシュメントが中流層を騙すための道具だと考えている。日本人はこれを突飛な考え方だと思うだろうが、アメリカの大統領選挙を継続的に見ていると「かなり浸透した考え方だ」と感じる。ゼレンスキー大統領に対する両氏の発言などを見るとわかりやすい。
共和党の一部はハリス氏支援を打ち出している。その意味ではハリス氏の安全保障政策のほうが「伝統的な共和党」的なものになるのかもしれない。ハリス氏は東アジアの同盟にはさほど興味はなさそうだが彼女の閣僚はアメリカの既得権を維持するためには同盟が有効だとみなすのではないかとも思う。
だがこれは11月にならないとわからない。大統領選挙は接戦だ。
いずれにせよ、アメリカの基本的な考え方は「ハブ・アンド・スポーク」で理解できる。個別に同盟を結び、常にアメリカを介在させることである。NATOにおけるアメリカは大きな存在だがそれは防衛支出が大きいからだ。意思決定については「大勢の中の1国(ワン・オブ・ゼム)」に過ぎずトルコやハンガリーなどに振り回されている。オルバン首相がNATO議長になるとあたかもNATO全体を代表しているかのように親ロシア的な振る舞いを始め周辺国は狼狽した。
アメリカにはアジアに「NATOのような」面倒を抱える積極的な理由はないが、それでもアジア版NATOを認めるとすれば「日本が支出面でアジア版NATOを支える」のが前提となる。
安倍総理の時代の集団的安全保障議論では「日米同盟こそが最も安上がりな解決策である」という主張が展開されていた。日米同盟を解体し日本独自で防衛を行うとすると天文学的な追加出費が必要だと言う議論だ。憲法のような「よくわからないもの」の解釈を「ちょこちょこ」と変えるだけでこの安い解決策が追加費用負担だけで維持できますよと言う理屈だったため、国民はあまり反対しなかった。日本人は原理原則にさほどこだわりはない。
基本的に日本の防衛議論は「巻き込まれ不安」と「負担増忌避」の2つから成り立っている。このため「日本が支出を増やしてでもアジアの安全保障を守り抜く」という主張が通りにくい。
しかし日本には「日本の誇りを守るために日米同盟を強化すべきだ」という人達がいる。それがネトウヨである。しかし、ネトウヨの議論を見る限り彼らの世界観は「少年ジャンプ的(コメント欄によるとジャンプよりももっとジャンプ的な漫画雑誌があるようだが……)」である。つまり、その時の爽快感を求めているだけで「追加の負担」も「面倒な議論」も避けたいのが本音だろう。結局彼らにとっての安上がりな娯楽に過ぎない。
対等な関係にはコストがかかる。だが、石破氏は国民にそれを説得することはできないだろう。石破氏に望まれているのは現状維持だ。
なお、石破茂氏はハドソン研究所に論文を送っているそうで安全保障面では最も研究しやすい総理大臣と言えそうだ。国際政治学者の鈴木一人氏は「石破氏は集団安全保障と集団的自衛権の違いについて理解していない」と言っている。ある意味学者やアメリカの専門家が「攻略」しやすい総理大臣と言えるのかもしれない。
石破氏が集団的自衛権についてきちんと踏み込めないのは、憲法改正議論で持論を封印し公明党の「加憲論」を踏襲しているからである。もともとも持論の憲法改正案を復活させればあるいは整合的な議論ができるのかもしれない。だが自民党は選挙で公明党に依存している。
石破茂氏が持論を通すためには少なくとも自民党の内部に石破派を作らなければならない。だが、それは実は彼の最も不得意なことだ。
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