前回の投稿ではコメ不足について取り上げ「理由がよくわからない」と書いた。だが、記事を注意深く読むとヒントは書かれている。それが「食料価格の高騰」である。これについて考えるためには、まずコメが置かれている特殊な状況を考える必要がある。コメは実質的に政府が価格を管理している例外的な穀物である。この管理農政には問題が多い。近年ではバター不足が度々問題となっている。
バターとコメには共通点と相違点がある。国内農業の保護のために国が生産管理をしているのが共通点だが、バターよりもコメのほうが国民生活に対する影響が大きい。
自民党の支持母体に農協(JA)がある。参議院選挙ではJAが推薦した候補が安定した議席を確保している。自民党は支持母体である農協を守るためにコメの価格を維持してきた。とはいえ国際的には外国からのコメは排除できないのでミニマム・アクセスという制度を作ってコメの価格を防衛している。関税は国内消費者に対する負担となるがコメ農家を守るという意味合いも持っている。つまり農家が安定していればある程度この政策は支持できる。
ウクライナで戦争が起きると肥料価格が高騰し現在もその状態が続いている。またアベノミクスの余波で円安も進行した。この円安により様々なものが値上がりした。まず肥料価格が上がり小麦の価格も上がった。さらに日本が割安になると外国からの観光客が押し寄せる。これもインフレ要因となりコメの価格を押し上げている。
毎日新聞が興味深い記事を書いている。実は春先(記事によると3月ごろ)からコメの流通には異変が見られたそうだ。
実は3月ごろからなんか変だったんですよ、と奈良のコメ屋(毎日新聞)
しかし、異変はその前から始まっていた。肥料価格が高騰し「このままでは米作農家が続けられない」という指摘が2023年12月に出ている。この記事は極めて興味深い。農林水産省はコメ農家を守っているはずだがコメ農家はそう考えていない。そもそも、まずコメの価格が下落しているのだ。
三重苦でもうやっていられない(産経新聞)
政府は国民に命令して特定の食品を食べろとは言えない。このためまずコメの価格は下落した。そして、生産農家が減少し他の食料価格が値上がりすると「比較的安かったコメ」に需要が殺到する。そうして徐々にコメが足りない状況が生まれる。日本がデフレ社会からインフレ社会に移行しつつあるということがわかる。
しかしながら政府はまともな統計を取っておらず、国民の経済動向を把握していない。また、農水省も市場にどのようなコメが出ているのかが全くわかっていない。
結果的に極めて不十分な管理農政が維持されており、管理農政を維持することが自己目的になった政策が放置されている。
今回の報道を見ると農水省は「備蓄米を出すとコメの価格が下落しかねない」と抵抗している。コメの価格が下落すればJAは自民党を支持しなくなり総選挙にマイナスの影響が出る。手元に情報がないのでまずは情報分析から始める必要があるのかもしれない。失敗は許されない。
実は最初のエントリーで紹介した記事にも「食料価格が高騰し安いコメにしわ寄せが来ている」という説明が含まれている。小麦価格が高騰したと言う説明になっている。だがこの説明は意図的に無視されているようだ。この「部屋の中の象」を問題にすると日本の農政そのものについて抜本的な対策の練り直しが必要となり現在の政治状況ではとても対応できないのだろう。
では9月になるとコメの価格はもとに戻るのだろうか。実はそうではない。いったんコメの価格が下落したため供給の先細りが予測されているが、一旦上がったコメの価格は高止まりするものと見られている。テレ東のYouTubeがそのように指摘しているが、共同通信も同じような報道をしている。
問題を整理する。農水省は政治的要請に応えるため外国からのコメを排除してきた、とはいえコメの需要は低迷しており減反政策も同時並行的に勧めていた。日本は長年アベノミクスという「成長抑制策」と取っていたためある意味市場が安定していた。ところがアベノミクスの後遺症によるインフレと円安が加速すると状況が一変する。政治はこの状況に対応できておらず与野党ともに意図的に問題を無視し続けている。
農家は「これ以上農業が続けられない」と悲鳴を上げ、コメ屋も「なんかへんだよな」と思っていた。しかしメディアも政治もこうした小さな声を無視し続けてきた。さらに農水省も「コメの価格を管理する」と言いながらその管理方法は極めて杜撰なものだった。作況指数は単にコメの重量を管理するだけのもので品質や流通には無関心だった。これはおそらく日本が貧しかった頃の名残なのだろう。他の食べ物がなくてもコメの総量だけはとりあえず確保しなければならないと言う時代の遺物だ。
こうした条件が積み重なりついに表面化したのが今回のコメの不足だったということになる。おそらくコメは出回るだろうが価格は高騰するだろう。
おそらく多くの地域は冷静に局所合理的行動を取るだろうが例外もある。大阪では一種のパニックが始まっていて「コメが入荷したら二倍の価格で買い求める」客が殺到している地域もあるそうだ。
おそらく背景にあるのは「デフレからインフレ」への移行というかなり大きな変化である。日本の管理農政も政治家もその状況に対応できていない。
酪農家保護政策が失敗しバターが足りなくなる事態に似ている。実は消費者に高い農産品を押し付けてもコメ農家や酪農を保護し続けるのか?という根本的な問題がある。ただしコメの価格は一般消費者に与える影響が極めて大きい。特に生活防衛意識が高まっている消費者に大きな影響を与えるだろう。
だが、政治家は「単に消費者が冷静さを失っているだけ」と考えているようだ。岸田総理はいつものように「消費者の立場に立って対策するように」と農水大臣に対応を丸投げした。立憲民主党の泉代表も「米穀店や飲食店がかわいそうだから対策しろ」というだけで背景にある構造の分析を行っていない。
政治の不在は今後も日本の食糧供給に暗い影を落とし続けるだろう。