南海トラフの想定震源域で地震が起こり巨大地震注意という恐ろしげな注意報が発令されている。巨大地震が起きる確率が数倍に高まっているのだ。おおごとである。ただ、政府の情報発信はどこかチグハグだ。
結論だけを書くと「いつも通りに生活していても構わない」のだが、中には氾濫する情報の中で不安を感じている人もいるかも知れない。
そんななか「南海トラフ地震と富士山噴火は関連しているのではないか?」という説が流布され、実際に神奈川県西部で震度5弱の地震がおきた。地震調査委員会は「南海トラフとは関係がない」と言っているがはたしてどうなのかと感じる。
このチグハグな対応の経緯を調べるとやはり安倍政権で進行した政治劣化の影響がある。今回は二階俊博氏らが主導した国土強靭化が大きく影響しているものと見られる。
我々はお互いに矛盾する情報を「自己責任」で捌き、冷静かつ適切な状況判断を自己判断することが求められている。「いやそんなの無理だろう」とは思うのだが、それでもやり遂げなければならないのだ。
読売新聞が「南海トラフ臨時情報、お盆前の観光地困惑…宿泊キャンセルや海水浴場閉鎖も」という記事を書いている。書き入れ時の観光地に打撃になっていることは間違いないが、巨大地震の可能性が数倍になっている。海水浴場を閉鎖するのは当たり前という気がする。読売新聞は防災グッズの購入制限などについても触れている。
テレビではL字型で「巨大地震注意」の情報が流れていて非日常感が演出されている。TBSは「最悪の被害想定“死者32万超” 「現時点でどことは言えない」南海トラフ巨大地震 1週間以内にM8クラス発生確率は“0.5%”」などと曖昧に脅す。TBSの見出しを見ると、彼らが「見出しだけで被害を誇張している」と批判されかねないと恐れていることもわかる。だから「現時点ではどことはいえない」と付け加えている。
NHKの対応は手慣れている。「旅行・帰省 どうすれば?」とゴシック体で掲げ「普段の生活を続けて欲しい」と冒頭に書いている。行動を変える必要はなく、見直しの機会にしてくれと強調している。
数百回に1度起きるだけなの「いつも通りに暮らす」のは当然である。裏返せば「いつもこれくらい警戒していなければならない」ということだ。
岸田総理は地震対応のために中央アジア歴訪をキャンセルした。特に何もすることはないのになぜ東京に残るのか?と思ったのだが、すぐに仕事ができた。神奈川県西部で地震が起きると冷静な対応を呼びかけた。買い占めなどのパニックと観光地の経済的被害を心配しているようだ。林官房長官も「事前避難を求めるものではない」と言っている。気象庁は「顕著なズレは見られない」と逆になにもないことを強調する。
当初は注意喚起をやっていた人たちが今度は「冷静な対応」を呼びかけ始めたのだ。
ではなぜこんな事になったのか。
日本の地震学は東日本大震災のような巨大な地震を予知できなかった。これではなんのための地震学なのかと批判されかねない。東日本大震災をもたらした構造は大きく崩れてしまったが「他にもどこか同じような地域はあるのではないか」と探し始めた。歴史的な文献では南海トラフ(フィリピン海プレートの境)で地震があったことが知られており「ここも危ないのではないか」と語られるようになる。
だが歴史的文献は科学的史料とし手は役に立たない。学会は反対したようだが結果的には歴史的文献が証拠として採用された。
ここにさらに政治の思惑が絡む。南海トラフ地震の想定域には二階俊博氏の地元和歌山県が含まれている。産業軸から外れているため産業インフラ整備で後回しになる地域である。ここに予算を配分するのに南海トラフ地震は都合が良かった。
蓮舫参議院議員(当時)のように科学的に確率を検証すべきという人もいたが二階俊博氏は「かつて『300年に1度の洪水のためにスーパー堤防を造るのか』と批判された方が野党第一党の大幹部の中にいる」と科学的アプローチを恫喝。このように凄まれると学会はおそらく何も言えなくなってしまうだろう。
政治家の想定はいい加減なものだ。未曾有の災害が起きるが原子力発電所だけは絶対に大丈夫ということになっている。
津波想定が見直しになると数億円かけて作った避難タワーが役に立たないということがわかったりする。東日本大震災のときも防波施設を越えて津波が押し寄せている。どんなに巨大な施設を作っても想定外はやってくるのだから地震大国に暮らしている以上は絶対的な安全などありえない。
が、数億円かけたものが使えなくなっても政治家は責任を取らない。
現在の科学では地震の予知・想定は極めて難しい。例えば南海トラフ地震の実例と考えられている宝永地震は1707年10月28日に起きているが、その後1707年12月16日には宝永大噴火と呼ばれる富士山の噴火が起きている。富士山の東側にはその時の火口が残っている。
そもそも南海トラフとはなにか。BBCが地図を出している。それはフィリピン海プレートがユーラシアプレートに向かって沈み込む地点を示している。だが、実際のプレートは立体構造だ。フィリピン海プレートはユーラシアプレートに潜り込むようにして北側に沈み込んでいるのだから当然富士山や箱根などの火山にも影響を与えているはずなのである。
今回の報道の順番を整理する。
まず地震が起き「南海トラフ地震の注意情報」が出された。テレビは決まりにしたがって注意情報を流しはじめ「非日常感」が演出された。またTBSのように政府が作ったフッテージを流し「最大の死者は32万人になるがどこで何が起きるかはよくわからない」と曖昧な情報もそのまま流される。
地方自治体や鉄道は自主判断で海水浴場を閉鎖したり減速運転などを決めた。お盆の観光に影響が出る。最大の楽しみだった海水浴に行けないのだからキャンセルもやむを得ないだろう。
ネットでは「南海トラフ地震と富士山噴火の関係」などが不吉に語られ始める。そして、神奈川県西部で震度5弱の地震が起きた。
このままでは過剰な反応が広がりかねないとして政府は「冷静な対応」を呼びかけ始めた。地震調査委員会は「震源が日向灘から距離が遠く、この程度の地震は頻繁に起きているため、影響はない」と冷静な対応を呼びかけている。
考えてみると奇妙な話だが、我々はお互いに矛盾する情報にさらされている。巨大地震の注意喚起が出されてテレビも非日常を煽っているが、同時に政府は「いつも通りに対応しろ」という。歴史的には南海トラフ地震と富士山噴火が同時期に起きており南海トラフ地震の予測モデルにも組み込まれているが、地震専門家は「関係がないから安心しろ」という。巨大な地震災害が警戒される一方で原子力発電所だけは絶対に大丈夫だということになっている。
我々はこれらの矛盾する情報を自己責任で捌き「適切に行動する」ことが求められている。「いやそんなの無理だろう」という気はするがそれでも我々はそれをやり遂げなければならない。