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神の意志はトランプ氏とアメリカ合衆国をどこに導くのか 分かれる2つの見方

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共和党大会が始まった。共和党の幹部たちが演説を行い最後に大統領候補が出てくるのが通例だそうだが、今年は最初からトランプ氏が参加している。また、副大統領候補はすでにSNSで指名済みだ。

直前の暗殺未遂事件の余波もありトランプ氏は支持の拡大ではなく自分の礼賛者を副大統領候補に選んだ。さらに、トランプ氏は派手な演説は行わず静かに大会の様子を見守っていたという。TBSテレビでは「トランプ氏は神妙だった」と言う論調でこれを伝えていた。早稲田大学の中林美恵子教授は「運命という大きなものに触れたことでトランプ氏も人の儚(はかな)差を感じたのではないか」という。

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しかしながらこれについては別の見方もできる。

軽妙な解説と派手な身振りで知られる海野素央明治大学政治経済学部教授は「大統領としての格と威厳を表すためのものである」と説明していた。読売新聞でも「神格化は民主主義にとって危険だ」と言っている。

副大統領候補に指名されたJDバンス氏は退廃した白人労働者階級の出身である。10代の父母から生まれたが再婚した母親は薬物中毒になりバンス氏自身は祖母に養育された。バンス氏自身はオハイオ州の出身だが両親はアパラチア地方の出身である。

バンス氏のBBCは次のように表現している。自身のルーツを憎んでいる様子がうかがえる。

ヴァンス氏は回顧録で、家族や友人らの試練、苦難、まずい判断などを正直に描いた。また、明確に保守的な見解も示した。家族や友人らを慢性的な浪費家だとし、福祉に依存し、自力でやっていくのにほとんど失敗していると書いた。

【米大統領選2024】 ヴァンス副大統領候補はどんな人物か かつてトランプ前大統領を酷評

この境遇から抜け出そうとイラク従軍に参加するが徐々に民主党的な価値観を持ったエリートたちに騙されていると感じるようになってゆく。外交政策はジョークのようなもので自分たちは騙されたと書かれている。

After graduating from Middletown High School in 2003, he enlisted in the Marine Corps and served in Iraq as a corporal with the Public Affairs section of the 2nd Marine Aircraft Wing. “I served my country honorably, and I saw when I went to Iraq that I had been lied to — that the promises of the foreign policy establishment were a complete joke,” he has said.

55 Things to Know About J.D. Vance, Trump’s VP Pick(Politico)

ではこれはバンス氏だけの特別な感情なのだろうか。

東洋経済が「「オバマ政権の大失政」が生み出したトランプ現象」という記事を書いている。アメリカ中間層の没落は共和党時代のニューリベラルにあるという評価が一般的だがオバマ政権もまた金融業界と癒着し中間層の救済に何もしなかったではないかという意味のことが書かれている。

バンス氏は白人労働者階級を嫌悪している。彼は自分なりに歴史を学んだのだろう。アメリカ合衆国はローマ共和政末期の状態だと語っている。ローマ共和制は崩壊しやがてもっと強いリーダーのもとで選挙帝政に移行していった。

バンス氏はこの状態に対抗しようとすれば「共和党の多くの人たちの抵抗にあう」と言っている。この意味するところは定かではないが、穏健な共和党が主張する民主主義を破壊してでも「強いリーダーのもとで」前に進まなければならないと考えているのかもしれない。

He has compared the current moment in American history to the end of the Roman Republic. “We are in a late republican period” in America he said on a podcast appearance in 2022. “If we’re going to push back against it, we’re going to have to get pretty wild, and pretty far out there, and go in directions that a lot of conservatives right now are uncomfortable with.”

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この文脈から考えるともともとトランプ大統領を嫌悪していたバンス氏がトランプ支持に転じたのは「自分が理想とする政体」を実現するためにはトランプ氏くらいの人物が必要と考えたためかもしれない。

トランプ氏はおそらく自身の神格化が一層進んだことに満足している。もう支持を広げる必要はないのだからヘイリー氏のような補完的な人物を副大統領に起用する必要はない。むしろ自分は厳かな王のような振る舞いを見せることで高い格を打ち出しつつ強硬な発言は副大統領人担当させれば良いということになる。

これまで政治に傷つけられてきた白人労働者階級や主流派からの没落を恐れる白人階層はこぞってトランプ氏の神格化に協力するだろう。アメリカは偉大な皇帝を必要としている。

一方でブルームバーグには気になるコラムを見つけた。今回のバンス氏の指名はMAGAが今後も続くというメッセージになる。だがバンス氏が本当にMAGAの信奉者であるかどうかはわからないという。単に上院議員選挙に立候補するために便宜的にトランプ氏のエンドースメントを必要としていただけである。その政治姿勢はむしろ冷笑的なものであり真の信奉者ではないかもしれないというのだ。

こうした未来には、暗たんたる思いしかいない。果てしない野心を持つバンス氏はまだ1年生議員であり、政治経験は乏しいものの、機を見るのに極めてたけている。このためトランプ氏は当選したとしてもホワイトハウスにいる4年間、裏切りを警戒しなければならないだろう。

【コラム】バンス氏起用、MAGAで米国の未来変える布石か-ロペス

このコラムには理解できる点がある。

トランプ前大統領はバンス氏が持っている傷ついた白人労働者階級という経験を持たない。仮に彼が永世大統領(つまりローマ皇帝のような存在)を目指しでもしない限り市民階級に「施し」を与える必要はない。

そもそもトランプ氏の政策はどれも高いインフレを示唆している。また貿易戦争はアメリカの製造業を大きく痛めつけることになるだろう。すでに高いインフレは始まっており人々はこぞってものを買っている。小売は高い業績を維持しており株価も絶好調だ。

だがこれはアメリカの市民生活が良くなったことを意味しない。むしろ賃金が目減りするから給料はすぐに物に変えなければならない。またバンス氏がすでに述べているようにアメリカには貯蓄を重要視せず「慢性的な浪費傾向」を持った人たちが大勢いる。クレジットカードで借金をしてまで浪費してしまうのである。だがトランプ政権下では金融への規制は弱められるだろう。

つまりトランプ大統領の4年間が資本主義による市民の搾取が更に進む4年になるというのはほぼ既定路線だ。トランプ氏が「自身の礼賛者」として選んだ人物は自分の出身を恨み外の世界でエスタブリッシュメントが自分たちを利用していたことに気がついたという人である。当然、トランプ大統領の「問題」にも気がつくはずだ。

仮にトランプ氏が「なにか大きなものに触れることで神妙になった」と考えるならこれらはすべて杞憂だ。「自分は神に守られている」という万能感に支配されれていると考えるならばおそらく最も選んではいけない人をランニングメイトに選んだ可能性があるといえる。

なお最後に少しだけ日本との関係に触れておく。

バンス氏は「ウクライナのことなど自分たちには関係がない」と言い放つ人物だ。つまり国際協調には全く興味がない。これは覇権国家としての意欲を持たず自国の利益を優先することを意味している。トランプ大統領もそもそも外交や安全保障には全く興味がない。日本にはアメリカに対するしがみつき願望があるのだから側近たちはこれを利用しようとするだろうが、おそらくアメリカは同盟国保護には関心を示さなくなるだろう。現状維持バイアスが強い日本人はこれに気がついていても気がついていないふりをし続けるかもしれないが、おそらくアメリカの覇権国家卒業もほぼ既定路線である。

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