中国の漁船が尖閣諸島近海の領海を侵犯した。これについて「漁船を偽装して主権侵犯を行うなどもってのほかだ」という指摘がある。たしかに「ずるい」のだが、これはある誤解に基づいている。この人たちのステータスを確定することは非常に重要だが、マスコミ報道からは完全に漏れた視点でもある。
中国には、民間の職業を有する軍人がいる。中国民兵と呼ばれ、800万人の規模(wikipedia/2011年当時)があるとされる。このことは防衛省も把握しており、ウェブサイトにコラムが見つかる。
中国はずるい国だ、と思いたくなるのだが、民兵組織は中国に特有のものではない。アメリカは民間人が武器を取って民兵を組織することを憲法認めている。アメリカ人がピストルで武装できるのはこの規定のためだ。
日本人が「正規軍」と「民間」を分けて考えたがるのは、日本に民兵の歴史がないからだ。長く封建支配が続いたので、民衆は支配される側だと見なされるのだろう。しかし、農民と兵隊が明確に区分されるようになったのは、豊臣秀吉の時代だったと考えられているそうだ。そもそも武士団は武装農民だったわけだから、民兵と正規兵の区別はなかったのだ。天皇の正規軍は徐々に形骸化し、日本に正規兵が再編成されたのは明治時代に入ってからだった。
さて、軍人と民間人の区別がないとするとやっかいな問題が起る。民間人を偽装してきた人たちに交戦権が認められるか、捕虜として扱えるか(これは「特権」と見なされるそうだ)という問題だ。防衛省のコラムには「民兵が交戦するときははっきりとそれを示さなければならない」と書いてある。つまり「民間人を偽装した民兵が市民生活に入り込む」ことは「ずるい」ことなのだ。
つまり、あの人たちが「漁民か軍隊か」ということは問題ではないが、日本の領海内をどのようなステータスで活動しているかを把握することは重要だ。
交戦権を持った人たちが自国の領海・領土に入り込むことは明らかな挑発行為だ。つまり、日本が主権を持っていると主張するならば、臨検してステータスを確認すべきだ。日本は「中国が反発することを恐れて」漁船を追い返すという措置を取っているのだが、これが却って中国を増長させている。
ただし「ただ通るだけ」は無害通航として認められているので、魚を捕るなどの実績は必要だ。無害通航でも臨検ができるのかはわからない。この辺りを確認するのはマスコミの仕事なのだが、そもそも「民間人かつ兵隊」という常識がないので、そこまで頭が及ばないのだろう。
いずれにせよ、尖閣諸島海域で日本が主権を発動させると「国際的な主権問題」に発展する。日本は「尖閣問題などはない」という立場なのだが、相手国がクレームをつけている以上は問題を認めるべきかもしれない。主権を持っていても使えないのでは意味がないからだ。
もしくはいちいち領海侵犯されても大騒ぎしないで粛々と追い返すべきだろう。日本政府は予算の獲得や自衛隊の強化を目指してこの問題を大きく報道しているのだと思うのだが、却って「日本政府は無策だ」という議論になるのではないだろうか。
マスコミは「漁船が大挙して押し寄せた。大変だ」と騒ぐだけでなく、彼らがどのようなステータスで入ってきて、渋々と追い返す以外にどのような選択肢を取り得るのかということを検証すべきだろう。
この問題のもう一つの論点は安全保障法との関連だろう。安倍首相は日米同盟を強固にすることで、日本の防衛はより確かな物になると言っているのだが、それは全くの嘘だった。中国の漁船が日本の領海に入ってきても追い返すことすらできないのだ。アメリカは明らかに日本近海が緊張することを恐れており、日本を抑制しているのだろうと考えられる。
多分中国としては「何かやっても自衛隊は出てこないな」という確信を持っているのだと思う。艦船を登場させるまでもなく、繰り返しやっていれば、最終的には上陸も可能なのではないだろうか。自衛隊は衝突を恐れてあの海域には決して行かないからだ。