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形代としてのオリンピックと民進党 – 穢れを担う人々

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先日、スマホ型政治というエントリーを書いていて、ふと「どうして民主党は政権を取れたんだっけ」と思った。もう忘れているのだ。
調べてみると、そもそも自民党が支持を失ったのは第一次安倍政権だった。安倍政権が郵政民営化に反対した議員たちを復党させたことで支持が急落した。有権者は「自民党は反省していないのではないだろうか」という気分になったようだ。追い打ちをかけるように「お友達」たちの政治資金の使い方が逆風になり、参議院選挙で負けた、その後「ねじれ国会」という状況が生まれて、法律が通りにくくなると、党内が動揺し、民主党が台頭する素地ができた。
民主党の主張は単純だった。「消費税を増税しなくても、お金はあるはずだ」とテレビで盛んに繰り返したのだ。単純なメッセージを繰り返し伝えることで、有権者はそれが真実だと思い込むようになった。
さて、ここまで考えると「郵政賛成派」がどのような役割を持っていたのかが分かる。彼らは「日本がうまく行かない理由」を押し付けられた存在だった。主張を合理的に裏打ちすることはできない。説明するとすれば「穢れを移された」としか言いようがない。穢れを取り除くことで、全体を健全化するのだ。しかし、可視化された穢れがなくなると、全体が健全であることを感じられなくなるので、そのまま祀っておくのである。
日本の経済は長い間うまく行っていない。普通に考えれば、政治の役割は問題を解決することである。しかし、小泉政権は郵政賛成派を置くことで「悪いのは彼らのせいなのだ」という幻想を与えることに成功した。その後は何もしなかったのだが、それでも構わなかった。ただ「災いが起るのはあの人たちのせいだ」というレッテルを貼るだけで有権者は納得したのだ。
安倍首相は「穢れ」であるところの郵政賛成派を復党させてしまったので、穢れは再び自民党に移った。しばらくして問題は「消費税」に移った。消費税こそが「穢れ」であると民主党は主張したのだ。驚いたことに民主党はこの穢れを自らがかぶることになる。野田首相が消費税増税を決めてしまったからだ。実際にはリーマンショックや東日本大震災のような天災があり、放射能に対する不安もあった。しかし、こうした細かなことが識別されることはなかった。
現在安倍首相が安泰なのは、穢れを民進党が引き受けているからだ。全ての悪いことは民進党のせいだと言えるのだ。大方の有権者はそれを受け入れている。そして、反対派が騒げば騒ぐほど、それを無視するのだ。彼らは目に見える存在だが、それを「見ないこと」にすることで、問題がなかったことにできるのである。
同じような構図は会社や地域社会でも見られる。村八分にされている人がいるおかげで自分たちは守れていると感じるのだ。学校でも、誰かを無視することでその他大勢が団結しているように見せかけることがある。日本のいじめがしばしば直接的な暴力ではなく無視を伴うのはこのようなメカニズムが働いているからだろう。
民主党は名前を変えても「穢れ」から抜けだすことはできないだろう。ここから抜け出すためには、完全に消えてなくなるか、誰かにこのステータスを押し付けなければならないことになる。
都政では別の問題が穢れだと見なされているようだ。それが東京オリンピックだ。招致活動にケチがつき、エンブレム問題で揺れた。関わった都知事が1名途中で都政を投げ出し、2名が辞任に追い込まれた。よく、舛添都知事が細かなお金の使い方を追求されて辞任に追い込まれたのに、小池新都知事の「疑惑」は見逃されていると非難する人がいる。確かに合理的ではないのだが、舛添都知事は、オリンピックの穢れにまみれてしまったと考えれば説明がつく。故に小池都知事は表面上、穢れである旧弊な自民党都議団を攻撃している間は、自らの不正疑惑が炎上することはないだろう。
穢れを移して流すものに名前がないかと思い調べてみたところ「形代(かたしろ)」と呼ぶそうだ。依代(よりしろ)の一種と考えられている。例えば疫病が流行った時、穢れを形代である藁人形に移して流してしまう。病気の治療法や原因が分からないことからこのような呪術的な対応が行われる。流しびなも形代であり、これを子供のおもちゃとして提供したものを、後に飾るようになった。これがひな人形のはじまりだという説があるそうだ。
形代は合理的な解決策が見つからないときの八つ当たりの手段だと考えられる。日本人は政治に対して合理的な解決策をみつけられず、民進党やオリンピックに八つ当たりしているということになる。つまり、民進党やオリンピックは藁人形なのだ。


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