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日本政治の課題(2016年夏編)

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日本政治の課題についてまとめる。現在、日本政治の主なアジェンダは「憲法改正」と「追加の財政出動」だが、実際にはもっと重要な問題がいくつかある。思いつくままに列挙した。

少子高齢化と格差の内在化

最初の問題は少子高齢化だ。一組のカップルが生む子供の数が減っており、将来の人口減少が予測される。人口は将来の労働の担い手・消費者・納税者なので、現在の経済活動や市場が確保できなくなる恐れがある。多くの先進国でも同じような問題があるのだが、たいていの場合は移民労働力でカバーしている。移民は比較的低賃金の労働に携わることが多い。そこで不満を持った移民が社会を不安定化させる要因になっている。
一方、日本では移民の役割を若者が背負っている。借金をしないと大学には入れないが、大学へ行かないと低賃金労働(特に介護福祉分野の補助的労働か遅れたサービス業)に割り当てられる可能性が高い。かつては先進国と植民地の間にあった格差が、国の中で混在するようになっているのだ。介護福祉分野や農業分野では「研修生」の名目でアジア圏から移民を導入するか、そのまま若者を使い潰すかの二者択一になりつつある。

地方と都市の格差

現在、人口減少は地方の問題だと考えられている。都市への人口流入は続いているからだ。しかし、これは都市の高齢化が先延ばしされるというだけの話だ。地方で人口が減るといくつかの問題が起る。鉄道などの公共交通網が維持できなくなり、病院などの基礎的サービスが維持できなくなる。病院問題は例えば千葉東部(銚子地域)などでも起きている。職場がなくなり、コミュニティも維持できなくなるだろう。高齢者は日常の買い物もままならない。自治体の中には消滅するところもでてきそうだと指摘され話題になった。
人口が減りつつあるのに、住宅件数は伸びている。戦後核家族ごとに家を建築するのが一般化したからだとされている。当然、古い世代の住宅は空き家になるわけだが、これが放置されて残っている。2030年代には3軒に1軒が空き家になるという予測もあるようだ。タワーマンションも立て替えができないのでゴーストタウン化するかもしれないという。実際に首都近郊には高齢化した「団地」が数多くある。これを壊すためには費用が必要になるが、家の持ち主には負担ができない。公費ということになる。つまり「市場の失敗」のツケを地域住民が負担することになるのだ。
すでに県という単位は維持ができなくなっている。地方では選挙区が合区された県もある。県知事は不満を募らせており、アメリカ上院のような代表制にすべきだと言っている。しかしこれは世田谷区以下の人口しかない県と東京都を同列に扱うべきだという話になってしまう。アメリカの州は主体なのだが、日本の県は地方行政庁に過ぎない。
一方で、東京都知事選挙の争点はほとんど全てが国の問題であることからわかるように、住民の自治裁量権は少なく全ての問題に国が関与している。権限(および責任)を都道府県に渡すべきか、全てを国が目配せすべきかという問題が全く議論されていない。
地方で権限を持つというと聞こえはいいのだが、国のお金で高速道路や堤防を作ってもらえないということになる。いいとこ取りはできない。しかし、この問題はかろうじて憲法問題として語られるだけで、本格的な議論が始まる様子はない。
地方分権が始まれば、新潟県は原子力発電所をなくし、沖縄は基地の移設を認めなくなるだろう。地方に不利益おしつけてお金で解決するということができなくなるのだ。

産業構造改革と成長戦略の不在

いわゆる先進諸国は製造業の段階を抜けて高収益のサービス産業化が進んでいる。製造業地域には不満がたまり、トランプブームの背景になっている。イギリスでも地方がEU離脱を望んだ。
ところが日本だけはバブル崩壊後に成長がストップした。国全体が「ラストベルト化」しつつあるわけだ。IT化を加速して生産性を上げようという運動もあったが、最近それすら聞かれなくなった。再投資が進まないので、将来世代は遅れた産業に従事させられることになるだろう。
町工場のように「職人技でなんとかする」人たちもいるし、中途半端に機械化したために機械のメンテができなくなった「ジャガード織」みたいな産業もある。フロッピーディスクが入手できないために過去の資産が運用できないのだ。中小企業ではNECのPC98シリーズを使っているところも多いようだ。バブル期に低価格でシステムを組んで更新できないままに今まで来てしまった産業がいくつかあるわけである。
代わりに目立ってきたのが「高速道路やリニアを建設しよう」という議論だ。人口収縮が始まっているのでこれ以上のインフラは要らないのだが、それしか成功体験がないのだろう。
例えばアメリカのIT産業は先端産業化に成功した。しかし日本のIT産業は下請け扱いであり生産性の向上には寄与しなかった。低い生産性を残した仕事のやり方をそのままプログラミングすることを余儀なくされるからだ。
世界の金融産業は先端産業化しているが、みずほ銀行の旧来のシステムをそのまま移築しようという「デスマーチプロジェクト」を展開し、ITリソースを浪費している。仕様はたびたび変化し、現場のプログラマには日本語が通じないという状態になっている。IT業界は疲弊して「上級SE」の数が足りないという事態は、陸軍参謀本部の無謀な作戦の結果、各地で餓死者が出た第二次世界大戦末期を思わせる。現代日本で飢える人はいないが、代わりにメンタルをやられて労働市場からの撤退を余儀なくされる。
IT産業が正常に発展しなかった要因の一つに派遣の問題がある。IT産業は自社の製品の差別化をしなくても、人を送り込みさえすれば当座の収益が確保できた。派遣先の人たちも言われたことをやっていればよいわけで、生産性の向上には寄与できなかった。派遣問題というと格差問題ばかりが注目されるが、実は生産性向上にも悪い影響を与えている。
産業構造の問題は意外な所にも影響を与えている。例えば母親が外で働くのはなぜかという問題がある。これは終身雇用制で男が稼いで妻が家に残るという制度が崩壊しつつあるにもかかわらず、社会構造が終身雇用を前提にしているからだ。働くお母さんは自分で子守りを雇うほどには稼げないので、福祉(驚くべきことに保育は福祉の領域なのだ)に頼ろうということになる。だが、企業には直接的に労働者に分配もしないし、政府経由で間接的に子育ての費用を支払うこともない。
右派にとって成長産業というのはインフラに投資してそれを海外に売り出すことなのだが、左派に至っては「経済を更新しないと福祉の財源すらままならなくなる」というのは概念としてすら理解されていない。鳥越俊太郎候補は小池百合子候補に「成長戦略は」と聞かれて何も答えられなかった。かろうじて「人への投資が重要」だと言った。これは生産性を維持するという意味では正しいのだが、実は直接的に政府が関与できる問題ではない。それを理解するためには経済活動を知らなければならないのだが、左派には経営問題に従事した人が少ないのだろう。

財政のインバランス

財政のインバランスとは、税収が落ち込み、政府支出をその他の手段で捻出しているという状態だだ。一般には「国債支出で政府支出をまかなっている」状態を指す。この危険性は「何が起るか分からない」という点でだろう。かつては、国が持っている金などの資源が枯渇してしまえば国の経済は破綻したのだが、現在では「信用」を原資にしているため、無制限に拡張できる。
日本国内の問題のように思われがちだが、アメリカは、日本や中国に対して、多額の「借金」を抱えている。一方で中国や日本から冨を収奪しているとも言える。ドルを発行するだけで製品やサービスが買えるからだ。同じことが国内でも起きていて、政府は債券を発行して、国民から製品や差サービスを買い、それを国民に配分している。
何が起るか分からないというのが最大の問題なのだが、なんらかの形で正常化が起るはずだ。それは収奪が確定するか(日本では国債が無効化する)所有権がもとに戻ることになるだろう。第二次世界大戦では日本軍の「信用」をもとにした債券が無効化し、結果的にインフレが起きた。インフレが起きると過去の借金が縮小するので、日本政府は借金を事実上チャラにすることに成功した。だが、それがどのような経緯でどれくらい急激に起るかは誰にも分からないのだ。
財政インバランスのもう一つの問題は「誰が何を投資しても回収できない」という点だろう。例えば地方に新しい高速道路を建設しても回収の見込みはない。先進国の利子率は0近辺なのだが、これは国が成長するとは誰も思っていないということを意味する。0近辺なのに投資が集まってくるということは、他に投資ができる先がないということだ。これが何を意味するのか、実は誰にも分かっていないのだ。

外部環境

アメリカは2つの挑戦に直面している。国の内部では格差が広がっているので、世界の警察官の役割を誰かに譲って国内問題に専念したい。一方で中国とロシアが台頭し日欧米中心の秩序維持の仕組みは脅かされそうだ。日本は、アメリカに追随すると更なる費用負担を求められることは確実だ。かといって、アメリカから脱落してしまうと、核兵器の庇護なしで自国防衛という無理難題に取り組む必要が出てくる。
その意味では憲法第九条養護派というのはフリーライダーなのである。アメリカがそのままでいてくれると思っているのだ。小泉政権下の右派はパワーバランスの変化を心配していたようだが、現代では思考を停止しているように見える。
TPPはさらに厄介だ。「とにかく反対」という意見はまだ良いのだが、権益を残しながら米国内の不満を抑えるために「さらに有利な条件」を引き出そうとする人たちもいる。ほとんど収奪なのだが、アメリカ人は他国から収奪を前提としないと秩序が維持できないのである。このまま収奪を許すか、それとも苛烈な反米運動に晒される(これは政情の不安定化を意味する)かの二者択一ということになる。