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緊急事態条項 – 議論のために

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いわゆる改憲勢力が2/3を超えたことで憲法改正が政治的なアジェンダに乗りつつあるといわれる。現在の注目点は民進党の党首選挙だ。野党共闘路線の岡田体制が継続されれば民主党は非改憲勢力にカウントされるが、民進党内右派が党首になれば、国会内の改憲勢力の勢いは一段と大きくなるだろう。
現在、国会が「これが一番受け入れられやすいだろう」と考えているのが、緊急事態条項だ。緊急事態(現在は地震などの天災と説明されている)に立法府の権限を停止して行政府だけで法整備ができるようにするという制度である。これまであまり具体的なイメージが湧かなかった緊急事態条項だが、ちらほらと実例が出始めている。

フランスの場合

フランスではテロの捜査権限を強化するために基本的人権の一部を制限する緊急事態宣言が出された。ほどなく解除される予定だったのだが、ニースでトラックの暴走事件が起きたために延長された。特にイスラム原理主義関連のテロというわけではなく、大量殺人だったのだが、事件の規模が大きかったので、無視できなかったのだろう。
テロや大量殺人の原因は、貧困層の格差の問題だ。これがイスラム対キリスト教徒の対立のように見えているわけである。つまり、この格差をなくさない限りこのような犯罪はなくならないだろう。これを強権的な手続きで抑えることはできない。すると、憲法の例外的な運用が恒常化する恐れがある。ニースでは首相に罵声が浴びせられた。
ドイツでも大量殺戮が起きたばかりだが、どうやら単独犯だという説が濃厚になりつつあるようだ。緊急事態宣言を出してイスラム教徒の人権を制限してもヨーロッパの不安は解消しないのだ。

トルコの場合

トルコの場合はさらに悲惨なことが起きている。もともと「確信犯的な」イスラム教徒だったエルドアン首相は、大統領権限を強化することに成功し、自ら大統領に就任した。敵を作り人気を集める手法で人気を集めた。ところが、重大な問題が起る。イスラム教徒の中にもエルドアンに敵対する勢力がおり、軍の一部も離反しクーデター騒ぎを起こし、多数の死者が出た。この2つは別の動きをしていると考えられているのだが、エルドアン大統領は、教育・軍などを粛正しはじめた。
憲法を無視して自身の権限を強化したい人たちは、わざわざ敵を作りだして、危機を演出する可能性がある。その顕著な例がワイマール末期のドイツである。多党乱立となりヒトラーが首班となると、共産主義者に罪を押し付けて、憲法を停止してしまったのだ。
トルコのこの事例は、トルコに投資している企業に「残留か撤退か」という二者択一を迫っている。民主主義がなく何が起るか分からない土地ではまともな経済活動が営めないからだ。
フランスの場合は必要に迫られれて例外的規定を設けたという図式なのだが、トルコのように緊急事態条項が「内乱を引き起こすインセンティブになる」ということが考えられるのである。

日本の場合

東日本大震災の後、原子力発電所が爆破事故を起こした。これは原子力行政の失敗を意味し、当時の民主党政権に大きな危機意識をもたらした物と思われる。当時の日本には緊急事態条項はなかったが、統治になれていなかった菅政権は舞い上がってしまった。東京電力に対して「俺の言うことを聞け」と怒鳴ったりもしたようだ。委員会が乱立し、誰が何をしているかよく分からなくなった。枝野官房長官は「ただちに健康に影響はない」といい国民の疑念は深まった。
いわばパニック状態にあったわけだが、このときに緊急事態宣言が出されていたら、混乱に拍車がかかったことは間違いがないだろう。準備不足を糊塗するために、さまざまな思いつきの法律が発布されれれば状況が混乱することは火を見るより明らかだ。定常状態に戻ったとき、政府は深刻な訴訟のリスクに晒されるだろうし、正常状態に戻せないという理由でいつまでも異常事態が続くかもしれない。
そもそも何が起るか分からないから緊急事態なのだから。そこで民主主義に穴をあけてしまうと何が起るか分からないのは当然なのである。