マイナンバーカード事業が公共工事化している。公共工事化とは日本に古くからある症候群の一つだ。日本型の巨大プロジェクトには明確な責任者やデザイナーがおらず従って誰もそれを止めることができない。
マイナンバーカード事業は岸田総理の支持率低迷の全ての原因ではないがその要因の一つとして重要役割を果たした。ただしその源流は安倍政権にある。これが、菅政権に引き継がれ岸田政権に継承されている。強いリーダーシップの象徴として用いられてきたがことごとく裏目に出ている。
その経緯は実に不思議だ。例えるならば「必要のない戦争に突入したが誰も聖断を下さないためいつまでも敗戦状態が続く」という制度である。第二次世界大戦で多くの犠牲者を出したインパール作戦になぞらえることもできるだろう。
永田町では次の総裁選びが始まっているがおそらく自民党政権から聖断を下すことができる人は出てこないだろう。インパール化した事業は他にもあると思われる。インパール化の防止は健全な政権交代が求められる理由の一つだ。
冷静に考えると国民がなぜこうした茶番に付き合わなければならないのかがよくわからない。これは何かの罰ゲームなのだろう。
当初「マイナンバー」は国民の所得と資産を把握するために着想されたシステムだった。ただし資産把握を全面に押し出してしまうと国民の反発を招く。このため当時流行していた星新一的なSFの手法を使い「国民生活が豊かになる」と宣伝した。一方、社会党などは刑務所を思わせる「国民総背番号制」というイメージの刷り込みに成功する。この時から「マイナンバー」は日本的なイデオロギー対立の一つの象徴的な装置になった。
安倍政権になるとマイナンバー・システムについての構想が飛び出すようになる。着想そのものは民主党政権時代に作られている。当初は「中核システム」をどのベンダーが受注するかが話し合われていた。
ところが2015年5月に突如「マイナちゃん」と「マイナンバー・カード」という新しいアイテムが登場する。ベンダーに予算をつけるためには国民がそれを利用することが必要である。そのためにはナンバーを可視化するのがいいということになったのだろう。予算を正当化するためにニーズを作ろうとしたのだ。
そこで登場したのがマイナンバーが印刷された「マイナンバーカード」だった。甘利明経済産業大臣が突然歌をうたってマイナンバーカードを水戸黄門の印籠のように提示し世間を当惑させた。この時点からマイナンバーカードにはID機能と公証認証キーとしての二つの機能が混在することになる。IDカードは持ち運びが必要だが公証キー(印鑑)は無闇に持ち歩いてはいけない。
甘利経済産業大臣の音程が壊滅的だったことも影響したのだろうか、マイナンバーカードは全く普及しなかった。状況が変わったのは菅総理になってからだった。通信を所管する総務大臣としてのバックグラウンドがあり「IT技術に強い」という自負があったのだろう。官房長官時代のプロジェクトを政府目標に変えた。
こうして「欲しい人が持てばいい」というマイナンバーカードが「事実上の義務化」に変貌することになった。理由は単純だ。菅総理がそうしたかったからである。ここで2023年3月末にほとんどの住民がカードを保有との方針が示された。だが菅総理がこの目標を達成することはなかった。国民の支持が伸びずに退任してしまったからだ。
自民党政権の歴代指導者は「前の総理大臣のやり方は必ずしも上手ではないが自分ならやり遂げることができる」と根拠なき自信を持つことがある。菅・岸田総理の混乱はこの根拠なき自信で説明できることが多い。
菅総理は高齢者にアピールすべく「ポイント」をつけて普及させたため、地方自治体のリソースは逼迫した。
ここで「一旦作ってもらったがポイントをもらったらもう使わなくなった」という人が増える。するとあのポイントは単なるばらまきではないかと批判されることになるだろう。
そこで今後は岸田総理の元で「みんなが使う健康保険証をマイナンバーカードにしたら持たざるを得なくなるのではないか」という着想がうまれた。岸田総理の元で健康保険証の廃止が決まった。保険証は2024年12月2日に廃止される。だが国民の反発は強く結果的に「資格者確認証(つまり従来通りの健康保険証だ)」の存続も決まっている。
もともとマイナンバーシステムの予算を正当化するために「可視化されたツール」としてマイナンバーカードが着想された。ところがマイナンバーカードができるとそれを普及したいと考えるようになりポイントを使って無理に国民にもうしこみをさせた。するとその事業の正当化が必要になり健康保険証というニーズがでっち上げられた。この繰り返しだ。
健康保険証がカードと一体化されることによって利便性が向上するという政府の主張に異論はない。だが現在のシステムはβテスト段階といってよい。つまり実証実験の段階なのだ。
当初システム設計時に想定されていなかった高齢者対応のために現場が混乱している。システム設計を変更するそうだが現場には「苦手意識」が残るだろう。民間であればこうしたβテストはテスターにお金を払って実施するが、政府は「事実上の義務化」を決めて国民にテストを押し付ける。これが岸田政権・自民党政権は国民生活をきちんとみてくれていないという不満につながっている。
時事通信は次のように書いている。
しかしこれも煩雑さが指摘されている。現行システムでは、職員がカウンターの外に出て患者の顔を目で確認した後、内側に戻って端末を操作し、「目視確認モード」に切り替える。それを終えると再び患者の元へ戻り、診療情報などの提供同意手続きを行うために機器の画面をタッチしてサポートする。複数回往復する必要があり、医療現場から「非常に使いづらい」との声が出ていた。
デジタル庁の広報にも大きな問題が出ている。先日「携帯電話の申し込みでマイナンバーカードの確認が義務化される」という報道があった。だが実はトーンが変わっている。実は何も決まっていないのにデジタル庁が「あたかもマイナンバーカードしか使わせない」ような資料を配ったのが混乱の原因だそうだ。AERA.dotが取材している。
世間からの相次ぐ批判や識者の見解に担当省庁はどう答えるのか。AERA dot.がデジタル庁に問い合わせると、担当者は「”非対面”での携帯電話の契約などで、本人確認をマイナンバーのICチップに一本化することは考えていません」と回答。ICチップでの本人確認は推進するが、マイナンバーカードだけに限定する予定はないという。そのうえで「政府側の伝え方が悪かったことで、一部のメディアがミスリードしてしまった側面がある」と苦々しく答えた。そして、「これから具体的な内容を検討し、国民の皆さまが安心できるようなシステムを作ります」と続けた。
またパスポートの申請ではマイナンバーカードを使って自分で申し込みをしない人にペナルティを課す改変を行う。マイナンバーカードとマイナポータルを使う人は100円引きになるがそうでない人は300円値上げするという。
薬局ではインセンティブと厚労省通達の原因がある混乱が広がっている。政府はマイナンバーカードの利用を促進した薬局にインセンティブを支払う。このため「マイナンバーカードの理由がマストである」かのように誤誘導する店舗があるという。薬局のインセンティブは最大10万円にすぎないがそれでも嘘をつく薬局がある。担当者は「厚生労働省の呼びかけにしたがっただけ」と主張している。
従来の保険証で処方を断られた人:「処方せんと普通の保険証を出したら、処方せんは受け取ってくれたが、保険証は受け取ってくれなくて。薬局のスタッフから『普通の保険証の受付はできなくなりました』『マイナ保険証のみの受付になります。マイナンバーカードはお持ちですか』と。本当に苦しくて、薬が欲しかったんで、しょうがなくマイナンバーカードを、そのときに初めて保険証と紐づけて、受け付けてもらいました。(マイナ保険証を)強制的に使わされた、紐づけさせられたというのが、ちょっと怒りを覚えています」
さらにデジタル庁は個人認証のためのアプリを発表した。GoogleやAppleなどが個人認証システムを作っているがこれはGoogleやAppleのプラットフォームと一体になっておりシームレスに利用できる。ところがデジタル庁の仕組みはアドホック(後付け)だ。そればかりかデジタル庁に使用申請する必要があるそうだ。GAFAのようなユーザビリティは見込めないだけでなく、そもそもなぜ政府がこんな仕組みを作る必要があるのかとどうしても感じてしまう。
そもそもマイナンバーシステム関連の仕事を作るために始まったマイナンバーカードは周辺機器メーカーへの需要創出という野心が加わり徐々に非常に効率が悪い公共事業に変わりつつある。
国民はマイナンバーとマイナンバーカードになんとなくネガティブな印象を持っており健康保険証としての利用率は6.56%にとどまっている。
永田町では岸田総理の次をめぐる議論が始まった。次の総理・総裁がインパール作戦化するマイナンバーカード事業を停止することを期待するが、おそらく政権後退でもないと前の政権の資産(レガシー)を否定するのは難しいのではないかと思う。むしろ「前の政権はやり方が下手すぎた、自分ならもっと上手くやれる」と考える自信過剰だがプロジェクト管理能力がない総理大臣がさらに国家予算を浪費させ国民を当惑させる可能性の方が高い。
冷静に考えると国民がなぜこうした茶番に付き合わなければならないのかがよくわからない。これは何かの罰ゲームなのだろうが、なんの罰なのかがよくわからない。