岸田総理・泉代表・馬場代表・田村委員長・玉木代表による党首討論が行われた。今回はなぜこれが0点答案だったのかについて考える。日本政治にはベネフィット志向も問題解決志向もない。政治に問題解決を期待する人たちが関心を無くしてしまうのはこのためだ。
マーケターはターゲットとなるオーディエンスを決めて「このサービスや商品を買うとなぜいいこと(ベネフィット)があるのか」を訴える。これをベネフィット訴求型コミュニケーションという。ベネフィットには具体的なものもあれば「気分が良くなる」とか「毎日が楽しくなる」という感覚的なものもあるだろう。
一方のITエンジニアはこのプログラムを導入するとどんな問題が解決するのかを重要視する。これを問題解決型コミュニケーションという。
いいわけで埋め尽くされたCMを納品すれば次かはコンペに呼ばれないだろう。また「このプログラムを何に利用するかは後で考えましょう」などといえば、おそらく顧客に激怒されるだろう。
今回の党首討論のトピックは「岸田総理のやり方が良くない」というものだった。中には岸田総理は四面楚歌で孤立していると詰め寄った人もいる。だがあくまでも主観なので「私はそうは思わない」で話が終わっていた。何も解決しない討論に時間をかけた理由がさっぱりわからない。
「店のやり方がまずい」と延々文句を言っているクレーマーと同じだ。さしずめ「クレーム型」と言って良い。店に当事者能力がない場合延々とクレームを言っても単に時間を無駄にするだけだ。玉木代表は要するに「あんたでは話にならないからマネージャーを変えろ」と言っていた。
だが、さすがにクレームが殺到する店の店長だけのことはある。岸田総理の応答はさらにぶっ壊れていた。
まず、岸田総理が何も解決できない理由はよくわかった。手法を反省することなく「自分は間違っていない」「このままやり続ければきっとうまくゆくはずだ」と頑なに信じているようだ。
調整の仕方も何かおかしい。そもそも自分のやり方の何がまずかったのかを反省しない上に相手の言っていることを半分くらいしか理解していない。
政治と金の問題において岸田総理は麻生氏・茂木氏と話し合いを行った。麻生氏らは「公明党の言い分を聞いてはいけない」「維新を抱き込んで公明党なしでやれるところを見せつけてやればいいじゃないか」と求めたとされている。菅義偉氏が創価学会と強いパイプを持っているため麻生氏は公明党が嫌いだ。つまり割と個人的な話なのだ。
だが岸田総理はこの要求を理解しなかった。まず連立内閣の崩壊を恐れ麻生氏に逆らって公明党の案を丸呑みした上に、茂木さんのいうことも聞いて(茂木さんは公明党を揺さぶるために維新と手を組めと言っているのに)念のために維新も抱き込んだ。ただ維新が何を要求しているのかを理解しようとはしなかった。
結局、維新も麻生氏も怒っている。ぶっ壊れた人が調整をやるとそうなる。
今回はまた会食を行い麻生氏を宥めた。だから今回の党首討論では一転して「政治にはお金がかかる」と主張している。まるで麻生氏が乗り移っているかのようだったが、当然これを聞いた国民は「あれ、今までの話はなんだったのだろう?」と感じることになる。
繰り返しになるがぶっ壊れている人が調整をするとこうなる。周りの人は全て怒り出してしまうのだ。こうして一億総クレーマー状態になる。
ところが混乱はこれでは終わらなかった。今度は「憲法改正」について延々と語り始め泉代表を呆れさせた。背景にあるのは日本会議系の自称「国民運動」と若手議員団だ。小石河連合よりも岸田総理の方が憲法改正を前進させてくれるだろうと主張している。一部の若手議員からは憲法改正を前に進めるようにとの要望も出ている。
だが、岸田総理にはおそらく憲法改正を進めるつもりはない。
維新が「自民党の一部議員が締切ありきの憲法改正に反対している」と指摘していた。自民党の中には岸田総理が憲法改正を利用して政権浮揚を図ることに対する強い拒否反応を持っている議員たちがいる。憲法改正をライフワークにしている人ほど総理大臣に対する反発は強い。
岸田総理は夫婦別姓にも反対している。保守の主張を丸呑みすれば保守が自分を支援してくれると信じているのだろう。だが、日本の保守は税負担・社会保障負担を嫌う。積極改憲論者と積極財政論者は重なっている。また岸田総理の宏池会は潜在的に親中国だとみなされている。おそらくネットを中心とした保守は自分達のヒーロー・ヒロインを総理大臣にしたいと考えているだろう。具体的には高市早苗氏などが挙げられるだろう。産経新聞などが推している。
党首討論は一貫して「身内の論理」で進められており、問題解決型・ベネフィット訴求型の顧客視点がない。このためマーケターやITエンジニアたちはこの党首討論を支持しないばかりか「意味がわからない」と感じるだろう。
今回最も内向きだったのが維新だった。吉村大阪府知事の個人的なテレビ人気に依存し全国的な支持の広がりがない維新は与党の補完勢力としてのプレゼンスを求めて自民党に接近し無惨な失敗を喫した。馬場代表の質問は要するに「騙した方が悪い」と岸田総理を責め立てるものであり単なる内輪向けの言い訳に過ぎなかった。
維新は今回の総括と面子の維持に非常に苦労している。岸田総理の問責決議案は店晒しにされている。面子を潰された維新は今度は参議院議員運営委員長の解任動議を出している。内部からも反発があるため「来週には総括を行う」そうだ。これは大阪側の吉村氏の要望だという。維新には国会と地方の断絶があり、学歴組と非学歴組の断絶もある。
本来ならば事前に組織としての獲得目標目標を共有した上でレッドライン(撤退線)を設定し権限を明らかにすべきなのだろうが、おそらくそうはならず馬場代表の釈明のための総括ということになるのではないかと思う。
東京都知事選前の候補者討論でも同じようなすれ違い型の議論が展開されていた。
小池百合子氏は蓮舫氏との直接対決という図式を避けたかった。そこで支持率では及ばない石丸伸二氏と田母神俊雄氏を巻き込んで4人のメジャー候補者での会見を設定している。蓮舫氏は直接対決の機会を増やすべく討論を持ちかけたが小池氏は応じなかった。そもそも街頭演説が行われるかどうかも良くわかっておらず代わりに一方的に主張を捲し立てるAIゆりこが活躍しそうだ。表向きは無党派層へのアピール合戦だったが裏では政党を隠した組織選挙が行われるものと考えられている。石丸伸二氏も今後のYouTube活動を意識した発言をおこなっていた。田母神氏が何を思っていたのかはよくわからないが持論を展開しそれなりに満足そうだった。
機能しない討論ばかりを分析しても仕方がないので機能している討論についても検討したい。アメリカの大統領選挙では特定の支持者(マーケティング視点で見るとセグメントされた顧客)向けの政策が複数打ち出される。こうした個別商品が複数提示されるので議論は司会者が「この政策について各者の意見はどうか」と聞くという形式になっている。これが「政策ベースの」選挙戦の在り方といえる。
ただし近年では罵り合いに発展することも多くなっており人格攻撃も飛び出す。このためバイデン氏とトランプ氏の討論では「マイクオフ」が実施される。相手が話している時にそれに被せるようにヤジを飛ばすのを禁止するのである。また「相手が大統領になったら悪夢のような4年間が待っている」と相手を批判するネガティブキャンペーンも激化していて、どちらの候補も嫌いだという人が増えているそうだ。
日本の政治討論では徹底して内向きな議論が展開されますます無党派層は政治に興味を持たなくなるという悪循環がある。マーケターのようなベネフィット訴求もITエンジニアのようなソリューション訴求も行われない。
この内向きさが良くわかるのがマイナンバーカードだ。潤沢な資金を背景に「景品」で顧客を誘導する。だが景品をばら撒いて普及させた商品には欠陥が多い。すると今度はマイナンバーカードがなければ健康保険証が使えないようにすればみんな嫌々ながらでも使うのではないかと発想する。さらにマイナンバーカードがなければ携帯電話の契約もできないようにしてやろうなどという計画も進んでいるそうだ。
おそらく「失敗を認めたくない」という気持ちや「なぜ最高権力である自分達のいうことを聞かないのか」という焦りによる行動だと思う。公共工事ではよく見られる図式で諫早湾の干拓工事のように諫早湾の環境を破壊し尽くしてもなお間違いを認められない。諫早湾の場合は自然環境を無視した開発が行われ諫早湾の漁場が失われているのだが、それでも事業は撤回されていない。
だがそのやり方があまりにも強引なためマイナンバーカード関連の施策が出るたびに「国民の情報を丸裸にしようとしている」とか「巨大ない利権があるのだろう」という陰謀論が度々話題になる。マーケターが失敗したのではなくマーケターを理解しなかった顧客が悪いと顧客に嫌がらせをしているのだから当然クレームは増える。
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