政治資金規正法の参議院委員会審議を見ながら「この人たちは一体何をやっているだろうか」と考えた。さらにSNSのXで「政治のニュースを見ていると疲労感しか残らない」という人も見かけた。一体何を話し合っているかわからない上にこれを解決したら何が解決するのかがまったくみえてこない。そこであらためて経緯をおさらいすることにした。
本来の問題は非常胃に簡単なものだった。それは「法律を無視する人が法律を作り続けていいのか?」と単純な問いだ。だが今の日本の政治はこの単純なパズルさえ解くことができなくなっている。原因は政治と有権者の双方にある。
元々何を解決すべきだったのか
元々の問題は「違法であることを知りながら裏金を作っていた議員たちに法律を作る資格があるのか」だ。また組織的に知っていながら問題解決ができなかった各派閥と自民党の統治機構にも疑念が生じた。
しかしながら国民の関心は最初からずれていた。
特捜部が捜査を行いマスコミが報道したことから「悪い奴が逮捕されるのではないか」という時代劇や刑事ドラマのような期待が高まった。その後、特捜部の捜査が不発に終わり「悪い奴が成敗されない時代劇」と言う出来損ないのエンデイングで終わった。
当然国民(ほぼ視聴者・傍観者と言って良いが)は徐々に不満を募らせることになる。元々は「印象と期待感」によって盛り上がった問題だったのだが懲罰感情が満たされなかったことでモヤモヤだけが残った。
きっかけは告発状だった
最初のきっかけはしんぶん赤旗の報道だった。赤旗はこれを上脇博之(かみわきひろし)教授に相談した。上脇氏は細田博之(ひろゆき)元衆議院議長の問題などを発掘したがサラリーマン化した大手マスメディアがこれを取り上げることはなく、アジアプレスのような独立系メディアが細々と報じるのみだった。
その後上脇氏が4,000万円の不記載を見つける。形式的には明らかに違反しているのだから特捜部も動かざるを得なくなってしまう。
特捜部のリークで一度は盛り上がるのだが……
東京地検特捜部は権力と対峙するという特性から事件化したものには必ず成果を出さなければならないと考える。今回も例外ではなくマスコミへのリークを通じて情報操作を始める。マスコミも「特捜部が動くのだから当然逮捕者が出るだろう」と考え盛んに煽り始めた。これもサラリーマン化したメディアの悪いところだ。国民はこの時点で「悪いやつが逮捕される」と期待するようになる。
告発がニュースになったのは2023年11月18日だが、細田博之元衆議院議長は11月10日に亡くなっている。このため細田氏の疑惑が捜査されることはなかった。この穴の持つインパクトはとても大きかった。
年末に大きく動く
12月19日に安倍派と二階派の事務所が家宅捜索された。マスコミは安倍派と二階派では「質が違うようだ」と報道した。国民はより悪質とされる安倍派の誰かが逮捕されるものと期待するようになった。
次に池田佳隆氏の事務所などに家宅捜索が入った。池田氏は秘書と共謀してデータを消去した疑いが持たれている。この捜索が12月27日だった。さらに大野泰正氏のところに強制捜査が入った。大野氏は容疑を否認していた。さらに容疑を認めた残り一人を含めて政治家は3名が起訴された。
ただしこの頃にはすでに「安倍派幹部は逮捕されないのではないか」という観測が出ていた。特捜部はなぜかここに5000万円という線を引いている。当初「特捜部が引いた線」がどこにあるのかはわからなかったため安倍派幹部たちは沈黙した。地元との連絡が途絶えた幹部もいたとされている。
結果的に検察は5人衆を立件することはできなかった。特捜部経験のある若狭勝氏は「銅メダルにも達しない」と酷評する。
年末年始を跨いで展開された「大型特番」だったのに「なんだ悪者が逮捕されないのかよ」ということになり、国民はますます不満を募らせてゆく。
岸田総理が派閥の破壊に動くものの失敗
この頃から岸田総理の動きは分かりやすく迷走してゆく。どうやら派閥さえなくなれば問題は消えて無くなると考えたようだ。また自身が第4派閥の出身だったため派閥がなくなれば自信の総裁再選に有利になると考えたのかもしれない。1月23日に岸田派の解散を決める。これに激しく抵抗したのが麻生副総裁だった。また茂木派(旧竹下派)は政治団体は解散するもののグループの活動は継続すると決定した。結局派閥解消は中途半端に終わり国民のモヤモヤ感も払拭されなかった。
野党は政倫審で攻撃を仕掛けるが失敗
ここで野党は悪い奴が成敗されないなら自分達が成敗すればいいと考えるようになる。彼らは予算の衆議院通過を人質に政治倫理審査会の開催を求めるようになる。期日までに衆議院を通過した予算は期限内に自然成立するが、遅れるとつなぎ予算が必要になり内閣の「恥」になる。
政治倫理審査会はもともと政治家の申し開きの場であり政治家を成敗することはできない。しかしそもそも安倍派幹部たちがこれに応じる気配もない。理由はよくわからないが「政倫審さえ開かれれば問題は消えてなくなる「これにさえ応じれば予算は通る」と考えた岸田総理は自ら政治倫理審査会に出席し「晒し者になる」道を選んだ。これが2月29日だった。
ところが政治倫理審査会はそもそも弁明の場であり責任の所在がはっきりすることはなかった。当然国民は割り切れない感情を残す。
少なくともこの時までは「全容解明」が期待されていた。だがこの頃から次第に争点がずれてくる。
岸田総理が関係者を処分するが自分は例外扱いに
予算が成立しても問題はおさまらない。岸田総理は誰かを吊し上げなければ問題は解決しないと考えたのかもしれない。党内処分を発表した。これが4月5日のことだった。塩谷立氏(衆議院)と世耕弘成氏(参議院)が代表して「首を差し出す」にとどまった。国民は悪いことをした奴ら全員が政治家でなくなることを期待していた。だが岸田総理は自分を処分することもなく議員離職勧告なども行わなかった。このため、国民も野党も当然納得はしなかった。
最初のズレは「自民党の遵法意識と自浄作用」だったがこの頃から次第に懲罰感情だけが一人歩きするようになった。
政治資金規正法の改正案が迷走
予算が成立すると政治資金規正法の問題に関心が高まる。
おそらくこの頃には多くの人が「なぜ政治資金規正法が重要なのか」を忘れていたのではないかと思う。有権者の関心は悪いことをした奴が泣きながら永田町を追われるという図式だった。だが政治資金規正法では過去の問題を裁くことはできない。そればかりか自民党が出してきた案はむしろこれまでの慣行を制度化し容認する案だった。
おそらくこの辺りで「ドラマを見るのをやめた」人が多いはずだ。犯人が捕まらない刑事ドラマを見て喜ぶ人はいない。
ところがここで予想外の展開が起きる。公明党と創価学会が反発した。与党内協議の結果石井幹事長は厳しい姿勢だったが山口那津男代表は容認姿勢だった。ところが創価学会から大きな反発があったため山口代表の態度が硬化する。麻生副総裁はそれでも公明党の要求には応じるなという姿勢を崩さなかった。
ここで取引のために利用されたのが維新だ。公明党が反対しても維新が賛成してくれれば参議院を通すことができる。維新も体制外協力政党として存在感をアピールしたいという下心があった。曖昧な合意文書が党首署名入りで結ばれた。
しかしここでまた別の問題が起きた。音喜多駿政調会長らが高いハードルを設定する一方で馬場代表などは協力を優先したい姿勢だった。ここに党外の玉木雄一郎代表や自称「無党派」の橋下徹氏などが参戦し馬場代表にが妥協しにくい雰囲気が作られてゆく。
岸田総理はとにかくこの場さえ収まればという気持ちが強く期限を抜いた形で協定が結ばれた。のちに馬場代表は「自民党が信じてくれというから期限を抜いた」と主張し岸田総理は「協定に書かれていることが全てである」と主張している。
後に引けなくなった維新は総理大臣の問責決議案提出の可能性を仄めかしたが、自民党の強行姿勢は変わることなく法案は委員会審議を通っている。現在維新の問責決議案は中に浮いており提出はされたものの採決の見込みが立っていない。維新は立憲民主党なども協力してくれるはずだと言っている。
一方で立憲民主党は党首討論の結果「やはり総理大臣は信頼できない」として不信任決議案を出す予定だ。問責は岸田総理の姿勢を問いただすものだが、不信任は内閣全体にかかる。また不信任決議が可決されると内閣は総辞職か解散を選択しなければならない。問責ではそのような義務は生じない。
安倍派幹部はおそらく違法性を認識していた
安倍派の元会計責任者である松本淳一郎被告(76)の裁判の内容から安倍派幹部たちが違法性を認識したことがわかっている。松本氏の証言をまとめると次のようになる。安倍晋三氏は何らかの理由からキックバックの中止を求めた。この時点で「何かがまずい」ことは把握していたものとみられる。最終決定をした人はいることまではわかっているが個人は特定できていない。またノルマの最終決定者は「会長」だった。
- 2022年に当時の安倍会長からパーティー収入のキックバックを中止する方針が示された
- 2022年7月末、ある幹部から『ある議員が還付をしてほしいと言っている』という話があった
- 私は塩谷会長代理に相談して、幹部を集めていただきたいとお願いし、下村さん、西村さん、世耕さん、塩谷さんが集まって話し合いが持たれた
- いろいろな議論があったが、方向性として還付はしようということになった
もやもやの原因は2つ
長い経緯だったがもやもやの原因は2つある。
1つ目の原因は岸田総理だ。岸田総理は「誰かの言うことを聞かないと安心できない」と言う依存心が強いリーダーだ。1つは民意なのだが、民意に従ってしまうと森喜朗氏や麻生太郎氏などの重鎮を不機嫌にしてしまうと考えて不安になってしまう。外交においてはバイデン大統領のプレッシャーに弱い。今回も民意を気にして独断決済したあとで不機嫌になった麻生副総裁を宥めると言う行動を繰り返している。今回も参議院で審議が終わった段階で麻生氏と食事をし「今後の相談をした」と報道されている。既に法律は取ってしまったのであとは麻生氏の言うことを聞いて「検討中」と言い続けることになるのだろう。
もう1つは国民の無関心だ。自民党に自浄作用がないのだから選挙で落としてしまえば済むだけの話だ。だが、おそらくそうはならないだろう。国民は基本的には今までの政策が継続されることのを望んでいる。とはいえ「難しいことはわからないが悪い奴が泣きながら永田町を追われるところが見たい」という懲罰感情も持っている。時代劇や刑事ドラマを見る感覚で政治を見ているのだ。政治報道を見る姿勢と投票行動が異なっている。
この2つが重なると「本来何を解決すべきだったのか」が誰にもわからなくなってしまいひたすら出来損ないの刑事ドラマか時代劇のような状況を傍観者としてみつづけることになってしまうのである。