フランスではノルマンディ上陸作戦から80年の節目を迎え、連合国の同盟の大切さ、アメリカも含めた血の犠牲で獲得した民主主義社会の大切さなどを訴える式典が行われた。バイデン大統領が国賓として参加し、イギリスからもチャールズIII世国王とウィリアム皇太子らが出席した。ロシアのプーチン大統領は呼ばれず代わりにウクライナのゼレンスキー大統領が参加している。
ゼレンスキー大統領の参加からも分かるように、80年前の状況を現在に置き換えロシアの脅威から民主主義を守るべきだというメッセージが盛んに発せられた。自由はタダではない(Freedom is not free)というメッセージのもと国民に犠牲を呼びかける内容も見られた。
ウクライナ支援は膠着しアメリカもフランスも徐々にロシアとの戦争に引き摺り込まれている。状況のエスカレートによりロシアのウクライナに対する戦術核(通常兵器としての核兵器)使用の可能性が高まったいる。だが、実際の状況を見るとこれとは違った戦略的な対抗措置をロシアは用意している。世論の緊張が民主主義国の政権にダメージを与えるとロシアは知り尽くしているのだろう。
ガザ地区で犠牲になっているのはガザ地区の市民だが、ロシアと西側諸国の争いでは全世界の人たちが世界情勢の不安定によって引き起こされる何らかの対価を支払うことになる。確かに「自由はタダではない」のだが青天井というわけにもいかないのではないかと思う。
ノルマンディ上陸作戦には2つの主役があった。退役軍人たちがセンターステージに置かれ各国の首脳(バイデン大統領、マクロン大統領、チャールズIII世国王ら)などが退役軍人を讃える演出だった。退役軍人の中には旅の途中で亡くなった人たちもいる。
退役軍人たちはなぜ命の危険を冒してまでノルマンディに戻ってきたのか。80年前の若者たちの中には戦友を失った人も多い。人生の最終期に差し掛かり生き残りも減っている。彼らは今の民主主義社会を支えるために血の対価を支払った英雄であルト強調し、世界はいつまでもそのことを覚えていると伝えたかったのだろう。
もう一人の主役はゼレンスキー大統領だった。退役軍人たちと語り合い称賛する演出が取られていた。
バイデン大統領は「同盟」を主軸にした民主主義を擁護するという価値観を打ち出してトランプ前大統領との違いを演出したい。これは広島サミットでも見られた姿勢だ。岸田総理は被爆地広島出身の総理大臣である自分を世界に広く打ち出そうとしたが、バイデン大統領の選挙戦略に打ち消されてしまった。
それどころかこの戦略のために戦術核使用の脅威が現実のものになろうとしている。
アメリカの手厚い支援にもかかわらずロシアのウクライナ侵攻を食い止めることができていない。このためアメリカは一歩ずつロシアとの戦争に引き摺り込まれている。最近ロシア側を攻撃できる武器の使用を認めたばかりだ。当然、アメリカ国内にはこのエスカレーションを心配する声がある。
ところがバイデン大統領はこの懸念に正面から答えなかった。ABCニュースの一節だ。
“I’ve known him for over 40 years. He’s concerned me for 40 years. He’s not a decent man,” Biden said. “He’s a dictator, and he’s struggling to make sure he holds his country together while still keeping this assault going. We’re not talking about giving them weapons to strike Moscow, to strike the Kremlin, to strike against — just across the border, where they’re receiving significant fire from conventional weapons used by the Russians to go into Ukraine to kill Ukrainians.”
バイデン大統領はモスクワを攻撃しているわけではないからアメリカが危険に晒されることはないとの根拠のない見通しを示した上で、プーチン大統領は自分を40年間も悩ませてきた独裁者であると決めつけた。つまり何を考えているかよくわからないから考えても無駄であるというのだ。
ロシアは「今の所」は核兵器の使用が必要だとは考えていないという見解だがこれが将来どうなるかはわからないと説明している。合理的に説明するならばこの見通しがどの程度の確度のものなのかを説明すべきなのだろうがおそらくバイデン大統領にはその答えがないのだろう。だから「どっちみち彼は独裁者だから」と言い換えている。
ロシアの戦略はそれなりに練られたものになっている。ロイターは次のように書いている。民主主義社会の指導者たちが世論の動揺に対して脆弱であると彼らは知っている。
メドベージェフ安全保障会議副議長もプーチン氏の発言について、ロシア外交政策の「非常に重要な変化」だと指摘。「米国とその同盟国は今後、第三者によるロシア製兵器の直接使用を感じることになる」とした。
日本の例で説明するとわかりやすい。北朝鮮のミサイル技術が飛躍的に伸びている。その原因を調べるとMade in Russiaと書かれているということだ。ロシアは「アメリカがロシアを狙っているのだから仕方なかった」と説明するということになる。つまり、今回のエスカレーションは我が国の安全保障にも影響を与える。
日本人は国際政治には大した関心は持っていない。だが、同じような懸念を共有する国も増えてゆくだろう。ABCのインタビューを聞いてもアメリカの世論が何を懸念しているのかがよく分かる。そして(少なくとも今回のインタビューを聞く限り)バイデン大統領は独裁者というラベリング以上の対策を持っていないということになる。
キューバに原子力潜水艦を差し向ける。AFPは次のように書いている。核兵器は搭載していないと書かれている。つまり搭載可能ということになる。おそらくアメリカに対する恫喝という意味合いがあるのだろう。
同省によると、寄港するのは、ロシア海軍の原子力潜水艦「カザン(Kazan)」、フリゲート艦「アドミラル・ゴルシコフ(Admiral Gorshkov)」に加え、石油タンカーとサルベージタグを含む計4隻。12~17日の日程でハバナに停泊する。「いずれも核兵器は搭載していないため、わが国への寄港は周辺地域への脅威とならない」としている。
バイデン大統領の外交戦略の失敗はロシアや中国に対する侮りに起因するものが多い。プーチン大統領は「所詮独裁者」なのだからみんながついてくるはずはなく、従ってすぐに我々の正しさが証明されるだろうという見込みがある。ところが実際には思ったようにいかないため徐々に対ロシアの戦争に引き摺り込まれている。
さらにガザ地区でも問題が発生した。こちらは「ネタニヤフ首相がガザ畜の戦争を引き伸ばしている」と発言しイスラエルの反発を呼んでいる。イスラエルでは民主主義擁護・市民擁護というこれまでアメリカが大切にしてきた価値観が揺らいでおり、アメリカブランドの毀損につながっている。
「覇権国家としてのアメリカの役割は終わった」と結論づけるのは簡単なのだが、その影響は非常に大きい。日本ではこの辺りの国際的変化が全く報道されていないため何か現象をきっかけにいちいち大騒ぎが起きているが、少しずつ情報をアップデートし変化に対してキャッチアップすべきだろう。もはやアメリカが善でロシアと中国が悪という単純な図式では何も語れないのだ。