イスラエルがフィラデルフィア回廊を制圧したと宣言した。フィラデルフィア回廊はガザ地区とエジプトの間に設定されている緩衝地帯の名前である。もともとイスラエル軍側の符牒であり特に意味はないそうだ。
イスラエルはかねてより「エジプト側から武器が密かに持ち込まれている」と指摘してきた。つまりエジプトが密かにハマスを支援しているという印象をつけたがっているのかもしれない。一方でエジプト側はイスラエル側が難民を押し付けようとしているのではないかと警戒している。ハマスにはエジプトの政権を快く思っていない人たちも大勢含まれているものとみられる。つまりエジプトのシシ政権にとっても極めて危険な状況なのだ。
両者は既に疑心暗鬼に陥っており関係の緊迫化が懸念されている。
フィラデルフィア回廊についてBBCは次のように書いている。
フィラデルフィア回廊は、ガザとエジプトの境界(全長13キロメートル)のガザ側にある緩衝地帯で、場所によっては幅が100メートルほどしかない。
NHKはロイターの報道を引用する形で「コードネームであり意味はない」と書いている。
ロイター通信は「フィラデルフィア」の名前の由来について、イスラエル軍が無作為に選んだコードネームだと伝えています。
イスラエルの指摘は論理的は奇妙なものだ。
仮にイスラエルが兼ねてから主張してきたようにフィラデルフィア回廊にある秘密トンネルから武器を持ち込んでいるのであれば武器の流入は止まるはずである。つまり攻撃はいずれ落ち着くことになる。しかしながらイスラエル側はハマスとの攻撃は少なくとも年内は続くと主張している。また戦時内閣にオブサーバー参加している閣僚も「ハマスの無力化には数年かかるだろう」と予測している。
イスラエルは今回の掌握で「回廊の全容が解明されエジプトの支援が明らかになった」からエジプトが主導する和平提案など飲むことはできないと主張することができる。問題を「ハマス対イスラエル」からなんらかの国際戦争に昇格させたいという気持ちがあるのだろう。アメリカを巻き込んでイスラエル防衛戦争が継続できる。危機が何年も続けば国民生活やイスラエル経済は破壊されるだろうが、ネタニヤフ政権は安泰だ。
エジプト側には別の事情がある。エジプトはアラブの民主化によってムスリム同胞団のムルシ政権ができた。これが2013年の軍事クーデターによって転覆した後に生まれたのがシシ政権の前身の軍事政権だった。軍事政権も軍産共同体を構築しており両者は対立関係にあった。
ムスリム同胞団はもともと福祉団体が政治化した団体だった。国民福祉が行き届いていないイスラム圏ではよくあることなのだそうだ。ハマスも元々はムスリム同胞団から分派した福祉団体だった。西岸を中心にしたファタハの汚職を嫌うガザ地区の住民から支援されて政権を獲得したが、そもそも統治には興味がなかった。
つまりシシ政権にはハマスを支援する理由がないばかりかむしろ敵対関係にある。このためシシ政権は「イスラエルがガザ地区からの住民をエジプト側に送り込もうとしているのではないか」という危機感を強めている。ハマスがムスリム同胞団から分派したと考えるならば、一度押さえ込んでいた反政府勢力がガザから送り込まれてくることを意味しておりこれはシシ政権の存続に関わる重大な事態なのである。
こうした危機感が背景にあるためタンクでパレスチナ人を追いかけて越境してきたイスラエル軍に対して攻撃が加えられエジプト側に1名の死者がでている。
長年友好関係を維持してきたイスラエルとエジプトの関係は「すわ戦争か」という状況にまでエスカレートしている。混乱状態を作り出したいイスラエル側と移民と反政府勢力を押し付けられたくないエジプトという構図だ。
となると「第三国」の調停が期待される。だが、アメリカの調停は期待できそうにない。3億2000万ドル(500億円)かけてつくった浮桟橋はシケで大破し修理中である。バイデン政権は高額な税金を無理な計画で溶かしてしまったことになる。一方で「ポストトランプ」で次期政権を狙うヘイリー氏は、ロシア・中国・イランというアメリカ人が嫌いな人たちがイスラエルを破壊しようとしているという根拠のない主張をしている。彼女がそれを信じているというよりは「共和党の支持者にはこういう話が受ける」という確信があるのだろう。
このためシシ大統領はアラブ圏の首脳と習近平氏のいるところで「この戦争を今すぐやめてくれ」と訴えることにした。この話はアラブニュースが日本語で報道しているのみである。日本のメディアはアメリカからの引用が多くこの件に関しては正確な情報を得ることが難しい。エジプトは中国の後ろ盾に期待しイスラエルはアメリカを巻き込んでより大規模な戦争状態を作り出したい。
フィラデルフィア回廊はそのような文脈でイスラエル側に掌握されることとなった。