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アベノミクスと安倍晋三はどのようにして日本に大災厄を引き起こしたのか

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この文章は「ラディカル・マーケット」とReHacQの河野龍太郎氏の経済概況を合成している。主題はアベノミクスがなぜ日本に大災厄を引き起こしたかであるが、特に河野さんがアベノミクスを批判しているというわけではない。

詳しい内容を読むのが面倒だという人は「アベノミクスは間違っていた」ことだけを覚えて立ち去ってもらって構わない。さらに理屈を読むのが面倒だという人はアベノミクスは就職氷河期を経験した層の人たちに特に厳しいものになるであろうということだけを理解してもらえればいい。国民の全てに被害が及ぶわけではなく安倍政権を熱心に支持してきた層が最も多くな被害を受ける。

さらに理由を良く知りたいという人は、白い紙を取り出してそれぞれの因果関係を整理していただきたい。おそらく河野龍太郎氏は因果関係の整理がきちんとできていて聞かれた部分を引き出している。頭の中には要素のWeb(蜘蛛の巣)ができているのだろう。このアプローチは参考になる。

ただ、因果関係を理解しただけでは足りない。白い紙が因果関係で埋まったら一度そこから離れて何日か放置していただきたい。アメリカは政府が家計負債を吸収することで再び成長路線に乗ったので「日本もそうすべきだ」という結論に立ちたくなる。だが、日本ではそれが起こらなかった。おそらく日本人は充足と安定を求め「もっと豊かになりたい」という願望が足りないのだろう。

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ラディカル・マーケットの記述

トリクルダウンは嘘だった

1970年代まではケインズ経済学の元で完全雇用を達成するためにはインフレは不可避だと思われていた。ところがスタグフレーションが起こり長い間これを克服することができなかった。ちなみにこのスタグフレーションの原因は過剰な政府信用の供給と供給制約=中東戦争などで原油の価格が高騰したことが原因だと分析されているがラディカル・マーケットにはケインズ経済学の行き詰まりの原因については書かれていない。

この頃から企業を優遇する新自由主義が台頭した。サプライサイド(供給側)を優遇すればトリクルダウンが起き社会全体が豊かになるという主張だったが、これは虚偽だった。

アメリカでは上位1%の人が獲得する所得の割合は8%が底だったが今では16%にまで拡大している。1980年代と比べると労働分配率も10%近く下がっている。これは独占的企業が増えているからである。さらに先進国の経済は軒並み低成長に陥った。

つまり当初の予測とはは異なりトリクルダウンは起きず国家の成長率は低下した。この結果労働力の有効利用が行われなくなりプライムエイジ(現役世代)の労働参加率は96%(1970年)から88%(2015年)に減っている。

ここからわかるのは安倍晋三首相のトリクルダウンセオリーは導入時点ですでに破綻したセオリーだったことになる。その実態は格差の拡大と財政ファイナンスによる問題の先送りだった。さらにメインの支援者である企業を優遇するのに都合がいい選択肢だったのだ。

河野龍太郎氏によるアメリカの状況

このあとラディカル・マーケットの記述は「国家を再び活性化させるためには資本の適切なアロケーションが必要である」という主張になり、そのためには新しい分配方法が必要なのだという論に発展してゆく。これはこれで非常に興味深いアプローチだ。

ところがBNPパリバの河野龍太郎氏の説明を聞くと解決策は経済の効率化ではなく政府主導による家計債務の整理だったことがわかる。

以下、河野龍太郎氏の説明に接続する。

アメリカは家計の借金を政府に転移させることで問題を解消した

アメリカは2008年のリーマンショックの時の家計の借金をきれいにしたために家計のバランスシートが良くなっている。サブプライムローンの時には本来にはお金を貸すべきでいない人にもお金を貸していたのが問題だった。ここに政府の積極的な財政政策(ばらまき)があり株価が好調に推移するようになった。このため利上げが行われても(借金が少ない)家計に影響が及ばずに消費が落ち込まなかった。だから株価の好調が続いている。

高齢者の退出で現役世代の労働復帰が起こる

これまでアメリカの経済は格差の拡大が問題だったのだがコロナ禍の時代に高齢者が退出した、このためエッセンシャルワーカーの賃金が引き上がり格差が解消されたことも全体的な株高につながっている。アメリカでは高齢者の労働参加率は下がったままだが現役世代の労働復帰が進んでいる。全体的に賃金が底上げされたために職場に戻った人が大勢いたことになる。ラディカル・マーケットが指摘していたプライムエイジの労働参加率問題はこうして解決してしまったのである。

FRBは利下げを行うかもしれないがあるいはもう一度利上げをやるかもしれない。これまでよりも経済が良くなっているため中立金利は今まで考えられているよりも高くなる可能性がある。従ってこれまでよりは円安の環境が長く続くであろうと河野氏は見ている。

河野氏の説明はここまでだがアメリカ政府の債務は政治問題化している。議会共和党は債務膨張を問題視していてアメリカ合衆国の年間予算が通らなくなるなど政治問題化している。債務膨張を解決するためにバイデン大統領は富裕勢増税などを検討しているが共和党を支持する富裕層はこれに反発する。トランプ大統領も金利引き下げにかなりこだわりを見せており政治的には金利引き下げの圧力が働くかもしれない。このあたりの政治的なことには今回は触れられていない。

ドル円レートは2023年ごろにはすでにシフトしている

ここからは日本の話になる。

企業は適正な円のレートを135円から145円と見ているがおそらく154円(収録当時)というのは適正なレートであろう。日米の関係に何らかの変化が起きており30%ほど円の価格が下落する方向に動いている。グラフを読み取るのは難しいかもしれないがこれまでの金利差とドル円相場の関係とある時期以降の金利差とドル円の関係の相関には明らかな相違がある。

円安シフトの理由は必ずしも明らかではないが仮説は二つある。日本の株価は円安により割安な状態が続きバブルのような状況が生まれる可能性がある。

  1. 米中新冷戦などの影響で東アジアがホット・スポットとなり有事の円買という法則が成り立たなくなっている可能性がある。
  2. また日本人が外貨資産を先行するようになっておりキャピタルフライトが起きている可能性もある。

アベノミクスの失敗が更なる失敗を誘発

2021年頃には実は(菅政府が低く誘導したスマホ料金を除外すると)インフレが始まっていた。このため2022年にインフレが始まっていたと見られるが何らかの理由で黒田総裁は利上げを行わなかった。この結果、日本では個人消費が抑制されることになった。河野氏はこれを失敗だとみている。

河野氏は触れていないが、黒田総裁の政策は中盤でかなり苦しい状態に陥っていたものとみられる。これを糊塗するために一段強い政策を打ち出すようになっておりこれを止めることができなくなっていた。

問題を先送りしているうちに経済の相転移が起きる

さらに2023年頃には需給ギャップがタイトになっている。これは労働力の不足により供給が間に合わない状況だ。好景気により需要が増えているのではなく人手が確保できないために供給が間に合っていないのだ。高齢の正社員がいなくなったところをパートで埋めている状態のため生産性が上がらない。また残業規制が始まったことで労働時間が足りなくなっている。

供給が足りず利上げが不可避な状況になっており、市場が予測するよりも高い利上げ(1%程度)が実行される可能性があるのではないか河野氏は見ている。

ここで非常に重要なのは問題の先送りで自民党の中からも問題解析能力や政策立案能力が奪われていったということだろう。そもそも現在の自民党の中からは現状分析すら出てこない。

  1. 問題を先送りしていたため破綻した企業の処理などが進まず経済転換政策のニーズがなかった・
  2. 問題が顕在化しなかったため議員たちは支援している人たちに利益誘導をしていればよかった。その他有権者も生活苦を感じているわけではなかったので政治にあまり関心を向けなくなった。
  3. 議員たちの間に「裏金」が蔓延してゆくこととなった。現状維持を望む企業が議員たちに献金しそれがパーティー権という形で議員に吸い上げられ地方議員に分配されるという構造が「悪習」として蔓延した。

この後始末をさせられているのが今の岸田総理ということになるだろう。これまで隠れていた問題が新型コロナ禍やウクライナの戦争などによって呼び覚まされているのだ。だが本当の問題は少子高齢化による労働力の減少である。これが大きな供給制約になっている。

おそらく事態は正常化するだろうと河野氏は見ている

供給力に障害が起きている以上は生産性を上げてゆく必要がある。

  1. 高収益のものを作って売る
  2. IT化などで生産性を上げてゆく

雇用の流動化はすでに起こり始めているので今後の労働者は生産性の高い業界にシフトしてゆくはずだ。高いスキルを持っている中高年のジョブマーケットも整備されつつある。ただし、これは「取り残された人たち」にとってはかなりきつい状況になる。

いよいよ先送りしてきた利上げが不可避になる

河野龍太郎氏の見通しによると日本銀行はいずれ金利の引き上げを選択せざるを得なくなる。聞き手の後藤氏が丸い目をさらに丸くしていた。

この時に先延ばしにしてきた企業破綻が一挙に起きることになるかもしれない。安倍政権時代に適正な競争が行われていれば生産性が向上していた可能性があるが、政府はこの間むしろ雇用の流動化を行わず「雇用調整助成金」などを使って労働者を引き止める政策を選択してきた。

つまり中小零細企業と沈みそうな船にしがみついていた就職氷河期世代の人たちが一斉に遭難することになるということになる。RehacQの後編ではこの就職氷河期世代の人たちはこの現状にどう対処すべきなのかなどを話し合う予定になっているようだ。

河野龍太郎氏の説明はここまでである。

アメリカと日本の大きな違いは欲望

アメリカは政府が家計債務を吸収・整理することで経済は再び成長路線に乗った。資産家が富を吸収する独占状態は続いているもの見られるがこれを政府が補っている。この反動として起きているのがトランプ・ポピュリズムである。いずれせにせよアメリカ人は現在の資産状況が許せば消費に回すので債務の整理さえしてやれば経済成長が起こる。

ところが日本はそうならなかった。国内産業は成長を止めてしまい高齢者も「とりあえずその日が暮らして行ければいいや」と考えて無駄な支出を止めることになった。さらに政治家もとりあえず議席が確保できればいいと考えるようになり「企業への利益分配だけを考えてゆこう」と考えている。つまりあまり欲を持たずむしろ先のことを心配し続けている。

実は日本とアメリカにある根本的な違いは政治制度ではなく「欲求の大きさの違い」なのではないかと思う。

ここでアベノミクスで温存してきた停滞経済が破壊され雇用が正常化すれば今後の世代の人たちは適正な雇用環境を見つけることができるように変化してゆくだろう。これは儒教的年功序列が崩壊した韓国企業がたどった道である。

だが、いわゆる就職氷河期にいた人たちはここから取り残されることになる。安倍政権と後継の菅政権は若年層に支持されている政権だったのだが、実はその世代こそが最も多くの被害を受けることになるだろう。すでに退職した世代は逃げ切りを図ることがができるのかもしれない。

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