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強迫症が作る芸術 イギリスのあるおじさんの秘密基地が文化財として保護されることに

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政治ニュースではないのだがちょっと面白い話を見つけた。親戚の中に「ちょっと風変わりなおじさん」がいる。親族はこのおじさんから距離を置いているしおじさんも積極的に関わろうとしない。ある時おじさんが亡くなり部屋を片付けようとした親戚はびっくりした。そして、最終的におじさんの部屋は文化財として保護されることになった。そんなお話だ。CNNが紹介している。

おじさんは強迫的に作品を作り続けていたがその作品は人々に「幸せとは何か」を考えるきっかけを与えるであろうと姪のウィリアムスさんは考えている。

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イングランド北西部リバプールに程近いバーケンヘッドという街にロン・ギティンスさんという人が住んでいた。ちょっと変わったおじさんで親戚との交流もなかったそうだ。部屋にはたくさんのゴミが置かれておりおじさんは誰も中に入れてくれなかった。さらにおじさんには精神疾患で苦しんだ時代があると親戚は指摘する。

おじさんが亡くなったあと部屋に入った親戚は大変びっくりした。おじさんがせっせとセメントを運び入れていたことは知られていたが部屋には無数のオブジェがあったそうだ。いつの間にか壮大な美術品王国ができていたのである。親戚(姪だそうだ)のウィリアムさんはアーティスト仲間と相談してこの部屋が保護できるように世間に働きかけることにした。

おじさんが亡くなったのは2019年だったそうだがこの運動が実を結び部屋は保護されることになった。CNNはこう書いている。

現在アパートは国家遺産保護団体「ヒストリック・イングランド」の助言のもと、英デジタル・文化・メディア・スポーツ省から「第2級」指定建造物として認められた。

非常に興味深いのは「アウトサイダー・アート」というジャンルが確立されているという点である。CNNによればアウトサイダー・アートとは次のようなものである。

ヒストリック・イングランドは声明で、「指定建造物に登録されたことで、ロンさんの作品はイングランドに存在するアウトサイダー・アートの一例だと認められた。個人のビジョンに突き動かされ、時に衝動にかられて創作し、正規の訓練もまったく受けずに、主流派の影響に左右されずにいたアーティストが大半だ」と述べた。

CNNはおじさんが精神疾患に苦しんだ時代があると書いているのだが、BBCの英語記事にも同じような記述がある。ここにあるcompulsiveとは「強迫性の」という意味だ。摂食障害にも用いられる用語であり精神的な疾患がある種のアートの創造力の源泉となるということがわかる。

A Historic England spokesman said Mr Gittins’ creation was an “exemplar of large-scale Outsider Art in England, a creative phenomenon by artists motivated by their personal visions and often working in a compulsive way, usually with no formal training and outside the influence of the mainstream art world”.

おじさんの秘密基地を発見した姪がアートに造詣が深かったこと、またアウトサイダーアートという新しいジャンルが社会的に認知されていたことなどがおじさんにとっては幸運だった。

日本では2024年の新卒が社会に出たものの「私は何者でもない」「何かになりたい」と考えて会社を辞める現象が起きている。

彼らはさまざまな情報を集め「何者になれるような」何かを探し求めることになる。ところが実際の創作活動はこうした「何者になりたい」という動機で生み出されることはない。特に現代はSNS全盛の時代であり「他人に何かを見せびらかしたい」という人が多いため「単に何かを作り続ける」ことは極めて難しい。

このおじさんはおそらく誰かに自分の作品を見せるつもりなどなかったはずだが(姪には見せたいと思っていたそうだが手紙は住所の間違いで不達だったそうだ)それを見た多くの人たちに「幸せとは何か」を考えさせるきっかけを作った。つまり何かを一生懸命に追求し続けるという姿勢そのものが他人の心を打つということになる。

次にわかることはこの「何者か」を決めるのは他人だということだ。何かを作り出す人は単にそれを作っているだけで満足でありそれがどう評価されるかはあまり気にしない。ところが結果的に作られたものがどこかで別の人たちの気持ちを動かすことがある。つまり人々がどこかで出会わなければ「何者か」は生まれないということだ。

姪のウィリアムズさんはこの賃貸アパート全体を買い取ってそうした出会いの場を作ろうとしている。何かを結びつけることで芸術が自己だけでなく他者への救済につながるということを知っている人なのだろう。

一方ウィリアムスさんによると、信託団体では建物の他の賃貸部分にも手を入れて、「芸術と創作活動の総合スペース」に改造したいと考えている。

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