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舛添人民裁判であなただけが騙されているかもしれないこと

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舛添都知事に対する不信任案が提出される見込みらしい。これで「すっきりした」と考える人がいるかもしれないが、そんなあなたは騙されている。賢い人たちが持っている疑問をあなただけが持っていないかもしれない。多分知っていることばかりかもしれないが、念のために確認しておこう。
第一に自民・公明党は争点隠しをしている。争点は彼らが推薦した舛添都知事が政治資金を規制する法律に反したかということだ。これを確認するためには百条委員会というものを開いて確認する必要がある。ここでの偽証は罪に問われるから逃げ隠れできない。だが、自民・公明党はこれをしなかった。舛添さんの罪が暴かれるかもしれないが、都知事は都議会議員も「同じようなこと」をやっているからかもしれない。すると、壮大な暴露合戦が繰り広げられることになるだろう。都議団は「罪を暴露するがどうか」と迫ったのだろう。つまり、舛添さんは政治資金規制で違法なことをやっていたということになるが、同じようなことをやっている政治家は多いことが予想される。
この話題が長引けば、政治資金規制の根本的なあり方対しての批判を呼ぶかもしれない。例えば、政治資金で絵を買うのは資産形成のためなのだが(舛添都知事は答弁の中でうっかり「資産価値」と言ってしまっている)政治資金規制の観点から資産と見なされるのは株式などの証券や不動産に限られるようだ。政治は基本的人権の一部であり、資金規制は最低限であるべきだという声もある。確かに言論が封鎖されるべきではないと思うのだが、さすがに家族旅行の資金が捻出できるようでは「ざる法」と言わざるを得ない。舛添さんが自主的に辞めてしまったので、政治資金そのものの議論をやらずにすむ。
そもそも、この状況を作ったのは、与党側だ。自民・公明党は近視眼的に候補者をエンドースし、政治家として的確かどうかを確認しなかった。舛添さんは「家族の介護をした」ことで有名になったのだが、実際には福祉や社会保障には全く興味がなかったようだ。ある記事によると待機児童や保育に関する視察は「全く」なかったそうである。代わりに関心があったのは都市外交だった。先進諸国並みのGDPを誇る東京都は予算も潤沢だ。一国の大統領のように扱ってもらえるのだろう。東京は魅力あふれる街であることは確かだが、文化・スポーツ都市としての魅力を誇示するのに手一杯で、足下にある困窮には全く無関心だったということになる。政治的なリーダーとしては不適格だ。舛添騒動が長引けば「自民・公明はどのようなプロセスで舛添都知事をエンドースするに至ったか」という点に関心が移りかねないので、早期の幕引きを図った。
すでに、自民党の中からは新しい都知事候補の名前が挙りつつある。知事選挙ということになれば、また無責任なエンドースメントが横行するだろう。プロセスに問題があることは明らかだが、それは議論にはならない。都民の側にも「次こそはまともな知事が選べる」という根拠のない自信があるようだ。だが、この選考には一度当たり50億円の資金がかかる。つまり無責任なエンドースメントは税金の浪費につながる可能性があったのだ。
たいていの人は「これ、なんか根本的にヤバいんじゃないか」と気がつき始めている。猪瀬都知事と二代続けて問題が起きているのだが「都議会がどのようなチェックをすべきだったのか」という議論が全く起きていない。これは都議会の機能不全の結果であり、その責任を負っているのは与党なのである。次に都議会選挙があるのがいつかは分からないが、もし都民に常識があればこれが都議会議員選挙の大きな争点の一つになることは間違いないだろう。だが、結局と議会議員選挙は行われないので、都民が得られるはずだった教訓はすべてうやむやのままで終わってしまった。