岸田総理が訪米している。日本では国賓待遇ということになっていて、バイデン大統領もそれなりに注目を集めようとしていたようだ。だが、日米のメディアの関心は総じて低い。内容は中国を念頭においた安全保障環境の構築だが内容がどうも曖昧なのだ。
事前に読売新聞が米軍と自衛隊の指揮系統の統合だなどと盛んに喧伝していたこともあり情報が混乱している。バイデン大統領は「統合」ではなく「現代化だ」と言い換えた。ロイターは70ある合意の一つであるとしている。
あるいは統合計画など最初からなかったのかもしれない。一種のミラージュ(蜃気楼)だったのだ。
日米の確固たる連携については読売新聞が事前に盛んに煽り立てていた。もともとGHQの広報的な色彩の強いメディアだったがその伝統は今でも生きているのだなあと感じる。ただ、どうもやり過ぎ・煽りすぎの傾向がある。
読売新聞の事前報道は「有事の際にハワイにあるインド・太平洋軍の指揮命令系統に入る」と見做されかねない内容だった。自衛隊は憲法上の位置付けがないため外国の指揮下に入ったとしても違憲にならないうえに、なし崩し的な防衛力拡大が進んできたこともあり不安を呼んでいた。ただ、仮に統合が進んだとしても憲法制約上は多国籍軍として他国に入れないため地域本社の下に下請けとして入る形にしかならない。とてもグローバルパートナーとは呼べない状況だ。
岸田総理は民主党・共和党の議員を共に満足させようと議会演説に臨み次のように語った。翻訳はロイターのもの。日本の財政的な支援を印象付ける内容でおそらく今後日本の議会では問題視されるだろう。国民はもうこれ以上負担できない。
「国際秩序をほぼ一国で支えてきたことに孤独と疲労感を覚えてきた米国人のみなさんに訴えたい」とし、「あなたはひとりではない。われわれが共にいる」と話した。
そもそも国内での財源議論をスキップしてアメリカに対して「GDP比2%の負担をします」と宣言している。所得倍増を「実は資産所得倍増のことでした」と言ってみたり、負担は増えるのに「実質負担は増えない」などと言い続けてきたと言う経緯もある。一体総理の約束が何を意味しているのかをメディアが知りたがるのは当然だろう。一方でアメリカも「では具体的に何をしてくれるのですか?」と感じるだろう。単にそばにいて応援してもらってもやかましいだけである。
日米双方とも内容のなさを表面上の表現を膨らませることで誤魔化してきた側面があり、それが混乱を呼んでいる。
林芳正官房長官に真顔で「自衛隊は米軍の指揮下に入るのか?」と聞いた記者がいる。仮にそのような構想があったとしても官房長官が「はいそうです」などと言うはずもない。ただし詳細について聞かれても「安全保障上のことについてはお答えを差し控えたい」というだけにとどまるだろう。そもそも、どの程度に詰まった話なのかもよくわからないうえに、現在の政権の説明を信頼する人など誰もいない。
アメリカ側の説明は次のようになっている。ロイターの文章を取り上げる。有事に何かあった時のための米軍の司令系統をアップグレードさせるとなっている。つまり古びたコミュニケーションルートを見直し迅速に対応できるようにする内容であり70の合意の一つとして例示されているに過ぎない。
Overall, the U.S. and Japan have hammered out about 70 agreements on defense cooperation, including moves to upgrade the U.S. military command structure in Japan to make it better able to work with Japanese forces in a crisis.
それぞれの思惑や事前報道などが入り乱れた上に誰も整理する人がいない。さらに岸田政権は内容のあやふやさを「安全保障上の問題(あるいは仮定の質問)なのでお答えしかねる」などとしてごまかすことがある。このためにありもしない統合計画が持ち上がったと言うことなのかもしれない。
ブログエントリーのタイトルには「アメリカ側が軌道修正した」と書いたが実は最初からこの表現以上の「統合」はなかったのかもしれないが、結局70あると言う合意の内容を精査してみなければ本当のことは何もわからない。また迎える側のアングロサクソン連合も日本の参加は限定的なものにとどめたい。岸田総理は盛んにグローバルパートナーだと言っているが、実際の関係性にそこまでの重みはない。
ただ、日本国民にこれまでの2倍の防衛費負担を押し付けるのだからアメリカ側が「何か説得材料を持たせないとまずいな」と思った可能性はある。おそらくアメリカ側は世論調査の内容などを仔細に検討しているだろう。だが、この親切心がかえって「何かあった時にアメリカの戦争に巻き込まれるのではないか」という疑念を呼んでいる。
説明下手もここまでくると芸術的である。
もっとも岸田政権の説明下手そのものは既にニュースでもなんでもない。時事通信によると政権支持率は過去最低を記録した。安倍派の処分にもリークを多用して期待を高める手法が使われていた。これも結果的に「それほどのことはなかった」と言う印象を残しただけだった。時事通信は支持しない理由を次のように書いているがおおむね異論はない。
支持しない理由(同)は「期待が持てない」34.0%、「首相を信頼できない」26.2%、「政策がだめ」24.4%だった。