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スイスのベーシックインカムはバラマキだったのか

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スイスのベーシックインカム政策が否決された。かなりの大差での否決だったようだ。産經新聞はこのニュースを「世紀のバラマキ政策」というタイトルで報じている。産經新聞のメディア・リテラシのなさと知的好奇心の萎縮ぶりを印象づける報じ方だった。
そもそも、バラマキとは政党が議席を国の金で買うことを意味する。典型的なのは南米のポピュリスト政党だ。自民党の場合には「選挙後に補正予算を組みます。消費税は上げません。」と主張して議席を買おうとしているので、これはバラマキと言える。自民党はバラマキすらすることができず「期待値だけを上げよう」としているという意味では詐欺に近い。
ところが、今回の提案は政党発のものではない。スイスには直接民主主義制度があり、国民が発議することができる。これを「イニシアティブ」と呼ぶ。もちろん、ある程度の国民の同意が得られればめちゃくちゃな提案でもできるのだが、税金を支払い責任を負うのも国民だ。国民が政治に責任を追っているからこそ真剣な提案と議論ができるわけである。
自民党は実質的に財政再建を放棄しておりその姿勢は無責任だ。一方野党もこれといった提案をせず「企業の儲けを配分せよ」などと主張できる。こうした無責任政治が可能なのは国民の蓄積を寸借することができ、時間的な余裕があるからである。だが、スイスは直接民主主義と都市間競争があるので、こうした無責任な政治ができない仕組みになっているのだ。
さらに、27万円という数字が一人歩きしてしまっている。実は日本の衰退を間接的に裏付ける悲しい数字なのだ。日本はこの20年程度成長が止まっているので物価に変動がないのだが、ヨーロッパとアメリカは経済成長が続き物価が上がっている。つまり、現地物価で比較した場合、27万円というのはそれほど飛び抜けた収入ではない。だが、日本人には「ほーそんなに貰えるのか」ということになってしまう。つまり、日本は相対的に貧しくなっている上に、その水準にすら到達できない人たちが多くなっているわけである。
また、受け手の中には漠然と「これまでの福祉政策+ベーシックインカムだ」と考えている人がいるようだ。つまり、財源が別途あると考えている。ベーシックインカムはこれまでの福祉制度を置き換えるものである。ではなぜ「ベーシックインカム」が好まれるのか。それは政府の恣意的な選別がなくなるからだ。自動的に一律配布されるわけだから(子供がどうなっているのかは不明だが……)政策が関与する余地がなくなってしまう。つまり、政党がバラまけなくなってしまうわけだ。
つまり、ベーシックインカムとはバラマキの対極にある政策なのだ。
スイスはもともと周辺諸国から自由を求めてやってきた優秀な人たちを受け入れてきた歴史があるので、外国人の寛容ではある。その移民政策がどうなっているかは分からないが、競争も激しい社会なので入ってきた移民が落ち着けるかどうかは分からない。今回は「移民が増える」ということも反対理由だったようだ。国が収入保証してしまうとそれを目当てに移民・難民が増えるという判断はあり得る。ただ、たいていの国では帝国主義時代に意志に反してつれて来られた人たちが「社会にフリーライドする」として問題になるのだが、スイスにはそのような歴史はない。これを知らずに「外国人にもベーシックインカム」と聞くと、日本人は自動的に「在日の人たちが福祉の金でのうのうと暮らしている」という「在日特権幻想」を重ねてしまうのだろう。
と、同時にヨーロッパで政府が関与しない再配分政策が提言されるようになった背景については、何も伝わってこない。背景には格差による歪みがあるはずなのだが「案の定バラマキ政策が否決されたね」だけでは何も伝えたことにはならない。だが、何があったのか知りたいと思うためには、ある程度の知的好奇心が必要だ。反復運動的に政府の動きを伝え、外信を右から左に動かしているうちに、そうした気持ちが萎えてしまうのだろう。
この記事を読んで「産経新聞は印象操作をしている」とは思わない。日本では左派が主張することが多いので「バラマキだ」という思い込みがあるのだろう。まあ、この程度の知的レベルの新聞なのだなくらいのことは思った。読み手の知的レベルに合わせた記者を取り揃えているという意味では市場に最適化しているのかもしれない。多分、多くの日本人はもはや「何が起きているのだろう」などと知的好奇心を持つような生活をしていないのだ。


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